第22話 本名
評価してくださった方、ブックマークしてくださった方、読んでくださった方。
ありがとうございます。
この話から2章に突入します。
2章からはようやくシアも日常会話が出来るようになります。
今までは会話のキャッチボールで物語を進ませる事が出来なくて大変でした…
「シア。あっちにいっぱい生えていたぞ」
足元の薬草を、屈んで摘んでいたわたしの元に、そう言ってやって来たのはフィオさん。そのフィオさんの両手にはチューリップを小さくしたような真っ白い花がいっぱいに握られていた。
「ありがとう。フィオさん」
摘んできた花を手渡すフィオさんに、わたしはお礼を言う。フィオさんはそれに対してうっすらと笑う。
フィオさんはキツめの顔で、高飛車とか無愛想にとられるけど、実はそんな事はない至って普通の女性で、スラッとした体型とキツめの顔でむしろ宝塚の男役みたいで逆に、『かっこいい女の人』ってカンジで、うっすらと笑うその様も、凛とした女の人が微笑む瞬間って感じでかっこいい。
「ふふん。フィオはダメダメね。私なんか、こんなに採ったのよ!」
そう言ってやって来たのはエミリさん。
エミリさんはフィオさんが持って来た量の3倍以上を両腕いっぱいに抱えてわたしの手前にどさどさと落とす。
エミリさんはフィオさんとは正反対な感じの人で、ぽわぽわとかふわふわとかそんな言葉が合う感じの女性。別に間延びした口調でもないけど雰囲気がふわっとしている。
フィオさんがキリっとした『お姉さん』って感じなら、エミリさんはふわっとした『お姉ちゃん』
常に視界の端でさりげなく見守っているのがフィオさんで、いつも隣にいて優しく見守っているのがエミリさんってカンジ。
「全部ダメ。これはナツノユキじゃないよ、エミリさん」
「ええっ!?」
どうだ! と言わんばかりに自信満々で持って来たエミリさんに、ダメ出しをするわたし。
エミリさんが摘んできた花はナツノユキによく似ているけど、別の花。ユキノハナモドキとも呼ばれる良く似た花なのだ。
「ん~……」
わたしは薬草採集の為に屈んでいた背を伸ばす。
空からは燦々と太陽が照り付けているけど、森の中は涼しい。匂い立つ濃密な緑の匂い。季節は夏。
この異世界に来てから2年とちょっとくらい? 経った。
今まで必死で、その日のご飯の事だけを考えていたから、この世界の暦がどうなっているのかも分からなかった。来たばっかりの頃は寒くなかったから多分、今と同じくらいの季節だったと思う。
エミリさんが初めてわたしの依頼を受けてからずいぶん経つけど、わたしの事を気に入ったのか、わたしが出す薬草採集の依頼をかなりの頻度で受けてくれた。
毎回、わたしも同行する事になるので露店を開く事は出来ないけど、少ない依頼料で毎回デイバックいっぱいの薬草を採ってこれるのでわたしとしてもむしろ得をしている。エミリさんとフィオさんとも、良い人達なので、変な冒険者に当たるよりはよっぽどいい。
あと、エミリさん達がわたしの依頼をよく受けてくれた事で、すごくいい事があった。
それは、こちらの言葉をかなり覚えられた事だ。
エミリさんもフィオさんも、初めからわたしがうまく話せない事を理解していて難しい言葉はあまり使わず、簡単な言葉で意思疎通を図ってきていた。そのおかげで難しい言い回しとかはまだだけど、今では、普通の会話くらいは何とかなっている。
グリアおばあちゃんにもいろいろ教わったけど、グリアおばあちゃんが死んでからは露天でお客さんに2、3話すだけで会話らしい会話はもうずっとしていなかったので教わった言葉はかなり錆び付いていた。
エミリさんたちと採集に行くとエミリさんが事あるごとに話しかけてくるので、それで再び言葉を覚えていった。
これは、わたしにとってご飯が食べられる事の次に重要な事だった。だって、わたしから薬を買おうとしても会話がうまくいかないから、めんどくさがってすぐに帰っちゃう人がすごく多かったんだもん。
ある程度話せるようになると、売上もちょっぴり上がった。相変わらず川べり露店だけど。
そうそう、今更だけど、エミリさんとフィオさんの本名も最近になってようやく知った。
エミリさんの本名は『エミリ・ファールハイト』そしてフィオさんの本名は『フィオ・レイマン』
どうして今になってようやく2人の本名を知ったかと言うと、どうやらこの異世界では自分の本名はあまり出さないみたい。特に初対面にはまず本名は名乗らないみたいで、かなり仲良くなった時に初めて本名を名乗るのが一般的みたい。
本名を教えてもらうって事は、心を開いたって事みたいで、エミリさんとフィオさんに本名を教えてもらったって事は、わたしに対して心を開いたって事で嬉しい。
わたしは名字は無く、ただのシアだと言う事にした。そもそもシアという名前だって異世界風の名前を名乗ろうと思って、苗字と名前の頭文字から取った名前だし。
名字が無いのはヘンかとも思ったけど、捨て子だったり、かつて捨て子だった親から生まれて名字が無い人も多いみたいで、特に問題は無かった。
「シアちゃん…これは間違いなく、ナツノユキでしょう? 私は薬草は詳しくないけど、流石にこれくらいは分かるわよ?」
わたしにダメ出しされたエミリさんが食い下がってくるけど、違うものは違う。まあ、ナツノユキとナツノユキモドキはすごく似ているからしょうがないと言えばしょうがない。
この二つはすごく似ている事から、間違いやすく、薬草採集の依頼においては冒険者泣かせとも言われているから。
わたしも初めは全然わからなかったけど、グリアおばあちゃんに教え込まれていたし、こういう仕事をしていると、自然と覚えていった。
ナツノユキとナツノユキモドキだってよく見ると結構違っている。茎から出ている葉っぱの付き方とか、ガクの形とか。
まあ、実際に採集と調合、販売を行っているわたしだからそういう事を知っているのだろうし、冒険者は採集を専門にしているわけじゃないので、薬草、野草もある程度知っていればいいのだろうし。じゃあ、逆にわたしが冒険者の事をどれだけ知っているかってハナシだしね。ぜったい、冒険者の基本とかすら知らないよ。わたし。
「全然違うよ? 例えばほら、コレとコレじゃ葉っぱの生え方が違う。こっちがナツノユキでこっちはナツノユキモドキ」
「……同じにしか見えないけど…シアがそう言うんじゃそうなんだろうなぁ。でも、良くわかるよね、シアは」
「お仕事だもの」
エミリさんの言葉にわたしは苦笑した。
次回の投稿は10月26日(日)の予定です。
11/2 エミリの口調を若干変更しました。会話内容に変更はありません。




