第9話 商売の現実
前回に引き続き、思い出話です。
ポーラの家からグリアに引き取られたシアがなぜ、第1話の様に薄汚れたローブを身にまとって川べりで露店を開いているかのお話です。
思い出話は今回で終了です。
次回からは、また本編に戻ります。
グリアお婆ちゃんと一緒の部屋で寝泊りをして、薬の調合を教えてもらいつつ、出来た薬を売って生活費にする日々は、そろそろ1年となろうとしていた。
悪くなった足は結局良くならず、グリアお婆ちゃん自身が作った足に効く薬を使っても良くはならなかった。
「歳だからね。病気じゃないから体が言う事を聞かなくなるのはしょうがない事だよ。薬で治るものじゃ無いさね」
グリアお婆ちゃんは笑った。
足が満足に動かなくなったグリアお婆ちゃんは、部屋からほとんど出る事は無くなり、部屋の中で椅子に座りながら薬の調合を行う事が多くなった。
ご飯の仕度や、買い物、薬草の買い付け、冒険者への薬草採集依頼などはもう、ほとんど私の仕事になった。
この1年、グリアお婆ちゃんには色んな事を教わった。
薬草の種類や効能、似ている薬草の見分け方。薬草とまではいかない物の薬効のある木の根や皮。さらさらになるまですり潰す重要性や、逆にさらさらの粉にしてしまうと薬効が落ちてしまう物。
薬としてではなく、野に咲く草花で食べられる物。薬味として使うと食材が美味しくなる物。
グリアお婆ちゃんは何でも知っていた。
薬以外の事も色々教わった。
毎日ちゃんとご飯を食べれいれば、とりあえずつつがなく毎日が生活できる…みたいな事やとりあえずいつも笑顔でいなさいとか、繕い物や刺繍、野兎程度の小物を捕まえる罠や、野兎のさばき方…なんてのもあった。動物の肝臓とか、薬になるものがあるからみたい。
学校では習わない事がいっぱいで、それでいてグリアお婆ちゃんの教え方はとても上手く、何も知らない私に楽しませながら教えてくれていた。全然、勉強という意識は無かった。
初めて野兎をさばいた時は、知識も経験も無く、おっかなびっくりやっている私にグリアお婆ちゃんは笑いながらもやさしく手本を見せつつ教えてくれていた。
ある時、グリアお婆ちゃんが初めて私に魔法薬を作るのを見せてくれた。グリアお婆ちゃんが今まで作っていた薬は普通の薬で、ほかに魔法薬と言う物があるのだとわたしが知ったのはこの時だ。
意外だったのは、グリアお婆ちゃんは今まで低所得者ばかりを相手にしていたから、魔法薬は作れないと思ったけど、実際は別に普通に作れるけど、低所得者が買える普通の薬を好んで作り、売っていた様だった。
初めて見る本当の魔法に興味を持って、グリアお婆ちゃんが唱えた言葉を真似してみたけど…魔法は使えなかった。
グリアお婆ちゃんは目を細めながら静かに笑った。
唱えた言葉が違ったのか、何か、魔力? 的な何かが足りないからなのか知らないけど、私には魔法は使えなかった。
せっかく異世界に来たのだから魔法を…とは、少しは思ったけど、使えないなら使えないで構わない。今まで特に問題は無かったし、グリアお婆ちゃんみたいに、魔法薬よりも普通の薬を作って低所得者とかに売りたい。
グリアお婆ちゃんは、最近寝込む事が多くなり、私はそのお世話が多くなった。
ご飯もあまり食べなくなって、ただでさえ痩せていた体は枯れ木みたいになってきていた。日に日に弱って行く、そんな身体をお世話する度、私は物凄く悲しくなってきてつい顔に出てしまう。
「シア。そんな、悲しそうな顔をしないでおくれ? 人間誰でも歳を取るし、老いてくればこうなるのは当たり前なんだよ?」
「グリアお婆ちゃん…」
まだまだ聞き取れない言葉、解らない言葉が多いけど、グリアお婆ちゃんの言葉は、こう言っているんだろうと、すんなりと理解できた。
ああ。とわたしはようやく悟る。好きな相手、大事な相手には言葉が通じなくても意思が伝わる。グリアお婆ちゃんやポーラさんはこうだったんだ…と。
グリアお婆ちゃんの手が私の頭を撫でる。そのまま頬をさわさわと撫でる。骨と皮ばかりの節くれだった手の平と指。ごつごつとしたそれは全然嫌な感じはしなく、むしろ心地良かった。この一年余り、何度も何度も私を撫でてくれたあったかい手。
それから1週間。グリアお婆ちゃんはベットの中、私が見守りながら静かに息を引き取った。
骨と皮ばかりの身体。こけた頬。でも、全然苦しそうな様子は無く、いつもみたいに、やさしく静かに微笑んでいた。
最後のその瞬間まで私の頬を撫で続けていた。
この世界でのお葬式とか、そう言った事は判らないので、この部屋が入っている建物の大家さんを呼び、お願いした。
大家さんとは顔見知りになっていたし、向こうも、私をグリアお婆ちゃんの弟子と認識していたのでお葬式はつつがなく…グリアお婆ちゃんの遺体をお墓に埋め、友人知人がお墓の前で香を炊く。ただそれだけで済んだ。参列者は私と大家さんだけ。
グリアお婆ちゃんは、元々寝たきりに近くなっていて、それは周知の事実だった為、事件性は無い、と衛兵に2、3質問されただけで済んだ。私が満足に話せないのも知られていたし。
部屋には、そのまま私が住んで良い事になった。どうやらグリアお婆ちゃんは自分の死期が近い事を悟っていて、お葬式代、そしてしばらくの部屋代を大家さんに渡していたみたいだった。
全然知らなかった。私はグリアお婆ちゃんに色んな物を貰った。薬の知識。住む所。毎日のごはん。着るもの。例を挙げればいくらでも出てくる。最後まで気にかけてもらっていた。わたしはグリアお婆ちゃんに何かしてれていたんだろうか?
悶々としながらも日々は勝手に過ぎていった。
グリアお婆ちゃんは最後、ほとんど寝たきりになっていたので、薬の調合や販売。薬草の仕入れなど、全部私がやっていた。グリアお婆ちゃんが死んでも、なんとか薬の販売は行えていて、細々とではあるけど、生活は出来ていた。まだまだ全然グリアお婆ちゃんみたいな品質の薬は作れないけど…
常連のお客さんはグリアお婆ちゃんが死んでその後の薬の品質が落ちた事、グリアお婆ちゃんとの世間話が目当てだった人たちなど、一気に客足は遠のいた。
色々と客が来るようにやっては見たものの、あまり変わり映えは無かった。
薬草の仕入れを冒険者だけに絞り費用を抑えると、薬草を取り扱う商人がウチからも買ってくれと、文句が出た。お金がなく、費用を抑える為に仕方が無い事を説明したけど、上手く伝わったかどうかわからない。結局商人からは結構安く仕入れたけど、怒ってるみたいだった。
薬を作っても、売れなきゃ何にもならないと、販売価格を大きく下げた。そこそこ売れたけど、その分在庫がすぐに無くなり、大した金額にならなかった。しかも、大した金額にならなかったから材料を買うのもままならなくなった。
それでも何とかやりくりして薬を作った。材料は冒険者の持ち込みを買い叩き、足りない分は自分で街外れとかに行って沢山取って来た。知らなかったけど、薬草採取も冒険者の仕事の一つだから、少しならともかく、沢山採るのは組合を通さなきゃダメみたいで怒られた。
安くしすぎると材料も買えなくなるので、値段を上げた。と言っても、グリアお婆ちゃんと売っていた時の値段より安くした。ほんのちょっぴりの値上げだったけど、安さを求めていた人たちは来なくなった。
上手くいかない。グリアお婆ちゃんと売っていた時は結構人が来ていたのに、今はほとんど来ない。冒険者の持ち込みも少なくなったし、薬草を取り扱う商人は、依然安く買った時から来なくなっちゃった。
わずかだった蓄えも、底を尽いた。部屋代だけはグリアお婆ちゃんが数ヶ月分先払いしてくれていたおかげで大丈夫だったけど、それももうすぐ終わっちゃう。
そんな時に事件は起こった。悪いときには悪い事が重なる。
私が薬草採取に街外れに行って…もちろんいっぱい採ると怒られるので少しだけの採取にしておいて、部屋に帰った時だった。
部屋の扉が壊されていた。
開いていたんじゃなく、扉の蝶番から壊されていた。扉自体は部屋の中に倒れ込んでいた。
頭の中が真っ白になる。
なに? なんで?
突然起こった、よくわからない事態に呆然として固まっていると、通りかかった大家さんが目を見開き、何事か聞いてくる。
私自身何が起こったのかわからないまでも部屋に入る。
元々ほとんど盗られるような物はもう無い。あるとすれば、わずかに残っている薬草や薬の材料になる木の根っことかくらい。
盗られている物は無かったけど…薬の調合に使っている、グリアお婆ちゃんの形見でもある石のすり鉢が壊されていた。
自然と涙が流れた。
手元に残ったただ一つのグリアお婆ちゃんの形見。
ハンマーか何かで叩き割ったのだろうか? 3つに割れ、そのうち一つはさらに細かく砕けていた。
扉自体は壊されていたけど、部屋の中は荒らされていなかったし、盗まれたものも無い。グリアお婆ちゃんの形見ではあるけど、物自体は単なる石で出来たすり鉢に価値なんか無い。
人の悪意がひしひしと伝わってくる。
言葉は解らないけど、こういう悪意ははっきりとわかる。すり鉢を壊された以上、私にはまともに薬を作れない。薬を作れない以上、まともに生活できない…
何か恨みを買ったのだろうか? 私の何が気に入らなかったのだろうか? ここまでされる理由が分からない。解らないけど、ここまでする何かがあったのだろう。
でも、見た目10歳の子供に、ここまでするその悪意が怖かった。
一度怖くなると、もうどうしようもなかった。目の前の人たちみんなが悪者に見えてくる。目の前にいる大家さんも悪者なんじゃないか? とさえ思えてくる。
私がこの部屋にいる事はわかり切っている事なので、今度は私自身が襲われるんじゃないだろうか?
夜寝ている時に?
日中私が部屋にいる時に突然今回みたいに扉を破って?
街の中で背後から突然?
どんどんと怖くなる。
私はそのまま街を出る事にした。
先払いされていた家賃はまだ残っているけど、扉の弁償代としておく事にした。大家さんにはうまく伝わったかわからないけど…
人の悪意ほど怖い物は無い。人は信用しきってはダメだ。グリアお婆ちゃんとポーラさん一家が例外だっただけだ。
私はこの異世界での現実がよくわかった。




