矢木!!また死す!!
⚪︎矢木剛斗視点
腹を抱えて盛大に悶絶する十一さんを横目に眺めながら、俺はようやく前の出来事の真意に思い至った。なるほど、以前十一さんが「日影を何とかしろ」とキレ気味に言っていたのは、こういうデリケートな理由も含んでいたわけかと、今さらながら深く納得する。
「じゃあ、服はもう諦めるとして……私も少し、この濡れた髪をさっぱり乾かしたいな。小夜ちゃん、もしよかったら髪を結ぶゴムとか持ってない?」
「あ、ありますよ。はい、どうぞ!」
映子さんは小夜ちゃんから手渡されたゴムを受け取ると、それをいったん口に咥え、手慣れた手つきでボサボサの長い髪を後ろへと束ね始める。さらに、いつもかけている大きめの丸眼鏡もふっと外した。
するとどうだろう。普段はボサボサの前髪で完全に隠れ、目にすらかかっていた隠れがちな素顔が、髪がすっきりと後ろへと流される事により、はっきりと見える。
「――えっ?」
ふと視界に入った映子さんの素顔を直視して、俺は思わず息を呑んだ。
少しだけ垂れ目がちな美しい目元に、どこか知性と優しさを感じさせる整った顔立ち。普段の少し抜けた、いわゆる「くたびれた編集者」の印象からはまったく想像もつかない。これは文句なしの絶世の美人ではないか。グラマラスなスタイルも相まって、こんな姿で街を歩いたら、すれ違う男たちが間違いなく全員振り返るレベルの容姿だ。
「なぁ鳥居、映子さんって……実はものすごい美人なんだな」
「そうだよ。映子さんって本当はすごく綺麗な人なんだから、普段からもう少し身なりや前髪に気を使えばいいのにさ」
鳥居は、なんだか少しだけ拗ねたような、不機嫌そうな声音でそう呟く。
「いや、映子さん。前髪と眼鏡で全然隠れてたから気づかなかったけど……本当にものすごい美人なんですね」
俺は驚きを隠せず、素直に心の中で思った通りの感想を口に出してしまった。
「ありがとう矢木くん。ただ、こんな冴えないおばちゃんにお世辞なんて言わなくてもいいわよ」
おばちゃんて、まだ23歳だよな……、映子さんは少しだけ照れくさそうにはにかみながら、近くに立っていた人間の肩をポンと軽く叩いた――が、あいにくそこにいたのは涼さんだった。
「……あの、映子さん。その、叩いているのは私の肩ですよ」
涼さんは何とも言えない絶妙な苦笑いを浮かべながら、テキパキと映子さんに眼鏡を差し出す。
「あ、ごめんごめん! やっぱり私、視力が極端に悪いから眼鏡がないと世界がぼやけてダメね」
そう言って、映子さんはいつものトレードマークである丸眼鏡を再びかけ直すのだった。
「……なるほどな」
「なるほどって?」
俺の呟きに、鳥居が不審そうに目を細めて首をかしげる。
「いやさ、映子さん美人だしスタイルがいいし、普段あんな調子で自分の身なりを気にしてないのを、みんな見てるんだよな?だったら、さっきみたいに鳥居の下着が雨で透けて見えたりしても、この出版社の人達は誰も変に意識したり気に留めたりしない訳だ」
俺はのんきな発言を口走ってしまった。
――瞬間。
俺の背筋に凍てつくような悪寒が走り、目の前にいた鳥居が表情をスッと消したまま目を細めてこちらを睨みつける。周囲の空気が一気に氷点下まで凍りついた。
そして次の瞬間、気づけば俺は先ほどの十一さんと同じように、きれいに正座をさせられていた。
「矢木っち、さすがにその発言は無しだわー……」
鈴々莉さんが、手元の筆で何やら恐ろしい大きさの「丸太」の絵を空中に描き出していく。その表情は、道端のゴミを見るような冷ややかなものだ。そして目の前の鳥居は、怒っているんだか泣きそうなんだか分からない複雑な殺気を込めてこちらをガン見している。
これって、さっきの十一さんと全く同じ処刑パターンじゃねえか……!?
「――待て、鳥居!」
その絶望的な状況を見かねてか、先ほど悶絶していたはずの十一さんがやおら起き上がると、鳥居の肩をそっと優しく叩いた。さすが十一さん、俺のこの窮地を察して庇ってくれるんだな……! 今度から一生「師匠」と呼ばせていただきます!!
「せめて、介錯してやれ」
そう言うと、十一さんは何処からともなく霊力で生成したガラス製の鋭い竹刀をひょいと取り出し、そのまま鳥居の手に手渡した。
――師匠ーーッ!?
それじゃあただ二発殴られるだけじゃないか!?しかもガラスの竹刀で殴られたら普通に痛いどころの騒ぎじゃないぞ!?
そして問答無用で腹部に激しい丸太の直撃を食らい、追い打ちをかけるように頭の上からガラスの竹刀が容赦なく振り下ろされるのだった。
「いやあ……映子さん、ほんまに罪な女やでえ」
その凄まじい惨劇を目の当たりにして、琴さんがドン引きしたようにぽつりと呟く。
「……まあ、何でもいいが、お前らくだらないことで無駄に体力削ってないで、出発までにちゃんと身体を休めておけよ」
ジョーさんは頭痛を抑えるようにこめかみを揉みながら、呆れた調子で私たちに注意を飛ばすのだった。




