油断 Part2
⚪︎鳥居小夜視点
「はあー……なんとか、無事に切り抜けられましたね」
矢木くんが、どっと全身の疲労感を漂わせながら深い息を吐き出す。
私たちは今、山道の途中にある駐車場の片隅に広げたブルーシートの上に腰を下ろしていた。夏だと言うのに雨のせいか少し肌寒い。頭上には、まるでドローンのような小型の機械がふわりと宙に浮かび、そこから薄い青色のベール状の霊力を広げて激しい雨粒を綺麗に弾き返している。
「この機械、めちゃくちゃ凄いっすね映子さん! これ一般向けに売り出したら、雨の日にすっごく欲しい人いっぱいいるんじゃないですか?」
「機械の仕組み自体はすごく便利なんだけどねえ。残念ながらこれ、私自身の霊力を絶えず流し込んでないと起動しないから、今のところ私専用の特製品なのよ」
映子さんが苦笑いをしながら答える。よく見ると、そのドローンからは彼女の指先から伸びた細い霊力のコードがしっかりと繋がっていた。
「でも、矢木くん……さっきは本当に心配したんだからね。もしあの時、天狗たちの放った矢がただの物理的な実物だったら、矢木くん、本当に蜂の巣の串刺しになってたんだよ?」
私はさっきの事を思い出して矢木くんに話しかける。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。ほら、菊ちゃんが『飛んでくる矢くらいなら私が結界みたいにして防げる』って事前に教えてくれたから、それを信じて思い切って実行しただけなんだからさ」
「でも、それでも……!」
でも、やっぱり心の底から心配だったんだ。あの一瞬、無数の矢が放たれた瞬間の恐ろしさを思い出して、私は思わず俯きながら小さく唇を噛み締める。
「――まあ、ぶっちゃけあれは矢木のファインプレーだったな。あいつが外で囮になって引きつけてくれなかったら、俺たちの車がどうなっていたことか……。もちろん、菊ちゃんもナイスフォローだったな、本当に助かったわ」
「わ、私なんかは、これくらいしか役に立てないですから……」
ジョーさんが、やっと一服できるとばかりに懐から煙草を取り出す。しかし、濡れて完全にダメになっており、車に取りに行く。取り出した煙草を深く吸い込みながら労うと、菊ちゃんは顔を真っ赤にして慌てて謙遜した。
「心配かけてごめんな、鳥居。これからは気をつけるよ」
矢木くんが自分の顔の前で拝むように手を合わせ、申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべる。
「ううん……私が勝手に心配しすぎただけだから」
小声でボソッと呟きながら、私は再び視線を足元に落とす。
危険な任務に命を張るのは矢木くんだけじゃなく、ここにいるみんなだって同じだ。分かっているのに、それでも矢木くんのことになると、どうしてか胸がざわついて、一番に心配になってしまう。あーもう、自分の頭の中がぐちゃぐちゃに混乱してよく分からないよ。
「けどさ、こんな風に本気で心配してくれて、なんだか嬉しかったよ。俺、普段から無鉄砲なところがあるからさ……次に危なそうなときは、しっかり止めてくれよな?」
矢木くんがふっと柔らかく、満面の笑みを私に向けて言う。そのまっすぐな笑顔があまりにも眩しすぎて、自分の頬が一気にカッと熱を帯びて赤らんでいくのが自分でも分かった。私はその動揺を隠そうと、わざとふいっと顔をそっぽに逸らす。
「う、うん……任せてよね。次に無理なことしようとしたら、私が力づくで止めるから」
ちょっとしどろもどろになりながら、なんとか絞り出すように返事をした。
「うわぁ……青春やねえ」
少し離れた場所で、琴さんがブルーシートの上に両足を思い切り伸ばして座りながら、ニヨニヨと楽しそうに私と矢木くんのやり取りを眺めている。
――もちろん、全力で無視だ。
「それでな、鳥居……その……いや、やっぱ何でもないや」
急に歯切れが悪くなった矢木くんが、同じように顔を真っ赤に染めながら、すっと視線をさっと逸らした。
「えっ……どうしたの、急に?」
私はできるだけ平静を装って聞き返す。
――まさか、これってもしや告白フラグのやつ!?
いやいや、まさかそんな少女漫画みたいな展開が本当に起きるわけないって頭では分かっていても、心の臓のドキドキがどうしても止まらない。
あれ……? でも、なんだかこのシチュエーション、前にもどこかで似たようなことがあったような……? いや、大丈夫! 今回はちゃんとスカートの下にスパッツを履いてきたもん! あの時の失敗なんて絶対にないんだから!
「あのさ、ちょっと言いにくいんだけど……」
「な、何でも言ってっ!」
「その……シャツが、すごく、透けてるぞ」
矢木くんのその一言に、私はハッとして自分の胸元へと思わず視線を落とした。
――夏の制服の、白い薄手のシャツ。
さっきまでの土砂降りの雨風にさんざんさらされてすっかりずぶ濡れになっていたせいで、中の肌や下着の輪郭が、驚くほどくっきりと透け出してしまっているではないか……!
「きゃあああっ……!?」
私は慌てて自分の両腕で胸元を十字に抱きしめるようにして必死に隠すと、真っ赤に怒髪を天を衝く勢いで沸騰させながら、ジロリと殺気を込めて矢木くんをにらみつけた。
「や、矢木くんの……変態、バカァーーッ!!」
私は渾身の力を込め、振りかぶった右手をそのまま彼の頬へと遠慮なしに叩き込んだのだった。
「いやあ、矢木くん。そういうデリケートな女の子の事情はね、普通は私とか鈴々莉みたいな同性の先輩にこっそり教えて伝えてもらうもんやで?」
目の前でひっくり返る矢木くんを横目に、琴さんが「あちゃ〜」と呆れたような大きな溜息をつくのだった。




