朧車の最期
⚪︎宮板琴視点
鈴々莉が放った墨の龍が、恐ろしい勢いで朧車の巨体を直撃し、見事にその胴体を突き抜けた。
「今の、鈴々莉の技か!?」
「さすがだな、あいつの絵は伊達じゃないぜ」
ジョーさんは感心したように軽い口笛を吹いて褒めそやす。
「琴ちゃん! 今すぐ運転を代わって! 私が霊具を使って一気にトドメを刺してやるんだから!」
その時、運転席から映子さんの切羽詰まった声が飛んでくる。どうやら鈴々莉たちの攻撃によって朧車の意識やヘイトが前の車へと完全に移ったおかげで、こちらの車内にはようやく反撃に転じるだけのわずかな余裕が生まれたらしい。
「ええで、任せてや! 映子さん、頼むわ!」
私は大きく返事をする。そしてお互いに息を合わせて心の中でカウントダウンを行い、「0」のタイミングで私は開いた窓から身を滑らせて前の車の助手席へと飛び込んだ。そのまま素早くハンドルをガッチリと握り締め、一気にアクセルを踏み込む。代わって映子さんはまるで転がるように助手席へと移動し、ちょうどお互いに抱き合うような体勢で、ジョーさんの膝の上へとドスンと乗っかった。
「ごめんねジョーさん、後部座席にある荷物を引っ張り出したいから、ちょっと座席を思い切り倒してちょうだい!」
「おい、お前……結構重いんだからさっさとどいてくれ」
からかうような口調で軽口を叩きつつも、ジョーさんは手早くレバーを引いて助手席のシートをグッと後ろへ倒す。その隙に、映子さんはもぞもぞと狭い足元や後部座席の荷物を必死に漁り始めた。
私は運転を続けながら、ちらりと横目でその様子を盗み見る。――うわぁ、これはまたすごい絵面だな。ジョーさんの体を下敷きにするように、映子さんがすっぽりと密着している。映子さんの胸のすぐ下で、ジョーさんの頭がすっかり隠れてしまっているじゃないか。こりゃあまりにも刺激が強すぎて、ピュアな小夜ちゃんには絶対に見せられない光景やで……。
映子さんがそういうのを、気にしない大らかな性格なのは知っているけど、まったく気にしてないジョーさんも大概やなあ。
「あった、これこれ!」
映子さんはガラクタの中から四角い特製の箱のようなものを取り出すと、そこに自分の霊力のコードを素早く差し込み、開いた窓から勢いよく道路へと放り投げた。そして手元の小型端末で巧みに操作し、その箱を猛スピードで走る朧車の車体の下へと見事に潜り込ませる。
「お願い、上手くいって……っ!」
彼女が霊力キーボードのエンターキーをピシッと力強く叩く。次の瞬間、箱の内部からまるで車のエアバッグのように凄まじい勢いで霊力の袋が一気に膨らみ、朧車の片輪を思い切り持ち上げてバランスを崩させた。そのままの勢いで、巨大な朧車はガードレールをメキメキと突き破り、そのまま暗い谷底へと真っ逆様に転がり落ちていくのだった。
「おおーっ! 映子さん、めちゃくちゃ凄いですやん!」
「ふう……危なかったぁ。これ、車のエアバッグの仕組みをヒントにして急造で作ったのよ。この車が100キロ以上だしてても、車体ごと衝撃を吸収できる強度にしてあるわ。これだけの高速で走る相手なら、足元をすくえると思ってね」
映子さんは胸を撫で下ろし、ほっと安堵のため息を大きく吐き出す。
「おい映子、いつまで俺の上に乗ってる気だ。そろそろどいてくれ、お前のせいで体が座席に完全に埋もれてしまうんだが」
「あ、ああ、ごめんなさい! って言われても、この車内じゃほかに避けるところもないし……そうだ、これならどう!」
映子さんは慌てて体勢を立て直すと、うつ伏せの体勢からパッと仰向けになり、今度はジョーさんの膝の上にちょこんと座るような形に体勢を変えた。
「これならさっきより圧迫感ないでしょ?」
「根本的な解決になってないだろうが……!」
ジョーさんはやれやれといった様子で深々と溜息を吐き出す。
「なぁジョーさん、アンタってそういう男女の密着とか、案外あんまり気にしないタイプなんやね?」
私は前方の道路から目を離さず、面白がってその距離感を突っ込んでみる。
「そんなちまちましたことを気にしてられるかよ。映子のそういう奔放なところにいちいち反応してたら、こっちの身がもたないっての」
「まあ、それはそうか。けど、そんなに女性にベタベタされても動じへんってことは、もしかして男の人の方が好みなんやないの~?」
「うへぇ、勘弁してくれ……冗談でもよしてくれよ」
私がからかうようにニヤニヤしながら言うと、ジョーさんは心底うんざりしたようなしかめ面を作って激しく手を横に振るのだった。
それにしても、隣で座っている映子さんはなぜか「はぁ、はぁ……」とやけに荒い息をついているけれど、さっきの遠隔運転と頭脳プレイでよっぽど疲れ果ててしまったんやろか?




