カーチェイス
⚪︎ジョー視点
「ちっ……なかなかしぶとい奴だな」
俺は助手席の窓から上半身を大きく乗り出し、狂ったように迫ってくる朧車の不気味な顔面にめがけて銃弾を容赦なくブチ込む。しかし、朧車は顔をしかめてダメージを受けるそぶりを見せるものの、肝心のスピードを落とすまでには至らない。飛び交う無数の矢も、小夜の式神であるピーちゃんや、琴の風をまとった蹴りによってどうにか防がれていた。
「こっちはポンコツだけど社用の大事な車なんだぞ、おい! これ以上ボディに傷をつけんな!買い替える余裕なんてないんだから大人しくしやがれ!」
そう悪態をつきながら、今度は狙いを切り替えて木製の頑丈な車輪部分へと銃口を向ける。放たれた弾丸は見事に車輪の軸を直撃し、バランスを崩した朧車は派手に蛇行しながら道路脇のガードレールへと激突した。その凄まじい衝撃で、車体にしがみついていた犬天狗どもが何匹か空中へと放り出され、そのまま真っ暗な谷底へと消えていく。
俺は思わずゴクリと生唾を飲み込む。あんな高さから真下に落ちたら、人間であれ妖怪であれ、まず助からないだろう。
――それにしても、あんな足場も安定しない高空で平然と飛び回っている小夜や琴は、肝が座ってると改めて感心させられる。
だが、ガードレールに激突したことで逆に怒りに火がついたのか、あるいは弓矢による遠隔攻撃では埒が明かないと判断したのか、朧車はすぐに体勢を立て直し、ふたたび不気味なエンジンを思わせるような唸り声を響かせてぐんぐんスピードを上げてきた。
「やばいぞ映子、追いつかれる! もっとスピードを上げろ!」
「無理です!!アクセルを踏んでも、この車の馬力じゃもう限界です!」
必死にハンドルを握り締めながら、映子が冷や汗を流して叫ぶ。
小夜や琴が止めようと攻撃してくれるがどこ吹く風。朧車はさらに加速し、ついに俺たちの乗る車の真横へとぴったり並んできた。車体の窓からは、不気味な顔をした犬天狗どもが殺気を孕んだ弓矢をこちら、とりわけ運転席の映子にめがけて容赦なく引き絞っている。これほどの至近距離になってしまうと、小夜が張ってくれた障壁も上手く機能するかどうか怪しい。
だが。その瞬間、映子は何を思ったのか、いきなり自分の運転席の窓を全開に開いた。
数匹の犬天狗たちが、まさに一斉に矢を放とうと弦を引き絞る。
「ジョーさん、伏せてっ!」
映子の切羽詰まった叫び声が響く。とっさに俺は身を折り曲げ、ダッシュボードの下の狭い空間へと頭を突っ込んだ。そして、犬天狗たちが矢を放ったまさにその瞬間、映子は自分の運転席のシートを最大まで後ろへとバタンと倒し込む。
映子の頭上すれすれを鋭い矢が通過し、勢いそのままに俺側の窓ガラスへと突き刺さり音をたてて割れる。突然消えた映子に、攻撃を当て損ねた犬天狗たちがわずかに戸惑いの表情を浮かべた。俺はその致命的な隙を決して逃さず、ダッシュボードの陰から素早く身を起こして銃弾を連射した。生々しい犬の悲鳴とともに、数匹の犬天狗が次々と車体から転がり落ちていく。
だが、驚いたのはその直後だ。なんと映子は、シートを仰向けに倒した体勢のまま、驚異的なハンドルさばきで運転を続けていた。
よく見ると、彼女は自分の霊力のコードを二本伸ばし、一本をビデオカメラに、もう一本をステアリング(ハンドル)に接続して巧みに遠隔操作している。車体そのものを霊力で動かすのはさすがに重量制限があって無理でも、ステアリング自体の重さなら霊力でも十分にコントロールできるというわけらしい。
「お前……よくそんな危険でトリッキーな真似を思いつくな」
「い、いや……その、寝ながら運転できたら楽だなあって、昔ちょっと考えてたんです」
俺はあまりの荒業に思わずククッと声を漏らして笑う。
「けどよ、そんな姿勢で運転してたら、本当にそのまま気持ちよく寝てしまいそうだけどな」
「だから、危険すぎるのでこの案は即座に却下しましたよっ!」
天井を見上げたまま仰向けになった状態で、映子が真っ赤になりながら恥ずかしそうにするのだった。




