雨中の空を舞う
⚪︎鳥居小夜視点
映子さんの車から、けたたましいクラクションの音が鳴り響く。その荒々しい警笛は、深い渓谷の木々を縫って嫌な響きを木霊させた。前の車を運転していた涼さんもただならぬ事態を即座に察知したのか、その端正な顔立ちを険しく歪ませる。
「……皆さん、振り落とされないようにしっかり掴まってください。一気にスピードを上げます!」
涼さんの声とともに、車のスピードが一段と跳ね上がる。峠道の険しい急カーブを限界ギリギリの速度で曲がり続けるため、凄まじい遠心力で身体が激しく左右に揺さぶられた。菊ちゃんは、予想外の揺れと緊迫した空気に怯えたように、おびえた目でキョロキョロと周囲を見回している。
だが、それでもなお、後方から猛烈な勢いで迫ってくる何者かの足音は、私たちの想像を遥かに超えるスピードらしい。後ろの窓越しに見ると、後ろを走る車の助手席から、ジョーさんが半身を乗り出して激しく後方へと発砲しているのが確認できた。
私は焦る気持ちを抑え込み、足元に置いていた愛用の霊棍を慌てて掴み取ると、式神のクーちゃんとピーちゃんを呼び出した。そして、迷わず自分の座席の窓を全開に開け放つ。
窓を開けた瞬間、冷たい雨風が車内に激しく吹き込み、私の制服のシャツやスカートをびしょ濡れにしていく。だが、そんなことを気にしている余裕は微塵もない。私もジョーさんのように上半身を窓から思い切り乗り出し、頑丈な障壁を張る得意のピーちゃんを空中へと解き放つと、すぐ後ろを走る映子さんたちの車へと飛ばして護らせた。
「私、行ってきます!」
そう叫んで上半身を車外へ乗り出そうとした瞬間、ふと何か重要なことを思い出し、私は慌てて車内へと引っ込んだ。
「――矢木くんっ!」
「な、なんだよ鳥居!?」
突然名前を呼ばれて驚いた様子の矢木くんに顔を向け、私はその真剣な目をじっと見据える。矢木くんも今の緊迫した状況を十分に察しているらしく、その表情はピリピリと引き締まっていた。
「あのね、今日はちゃんと中にスパッツを穿いてきたからねっ!」
私はなぜか自信満々に、高々とそう宣言した。
矢木くんは、あまりの予想外のワードに拍子抜けしたような顔で「へ……?」と間の抜けた声を漏らす。
――無理もない。前回烏天狗を撃退した時、不覚にも気づかず、矢木くんに自分の下着をモロに見られてしまうという大失態をやらかしてしまった。だから今回は、その鉄壁の防衛対策として、スカートの下にちゃんとした黒のスポーツ用スパッツを着用しているのである。
もちろん、「最初から動きやすいズボンを穿いてくればいいじゃないか」というツッコミが飛んでくるのは分かっている。けど。この制服は着ている時間が長く動きやすいんだもん。それに袴に慣れている私にとって、ズボンというものはどうにも足さばきにしっくりこなくて違和感しかないのだ。十一さんほどのこだわりは無いけど、家の都合で、袴を着る機会が多いからなおさらだ。
「……とにかく、そういうことだからっ!」
それだけ早口でまくし立てると、私は恥ずかしさをごまかすように、雨の吹き荒れる峠道の外へと窓から身を躍らせた。
そして、八咫烏の式神――クーちゃんにしっかりとつかまり、土砂降りの雨雲が垂れ込める険しい山上の空へと、一気に舞い上がるのだった。




