六百年ぶりの美味と優しい笑顔
⚪︎宮板琴視点
「とりあえず、喜んでもらえたようやな」
「ふう、一安心ですね。一生懸命作った甲斐がありました」
涼と一緒に手分けして作った料理をつまみつつ、私たちは小さなお猪口でお酒を傾ける。お互い、普段からそれほど飲むほうではなく嗜む程度だ。今日のところは、神前のお供物用として用意されていたもので、すでに封が切られたお酒を、ありがたくいただいている。
菊さん――いや、本人が「そんなにかしこまらないで、気を使わないでほしい」と言うので、私も遠慮なく「菊ちゃん」と呼ばせてもらうことにする。その菊ちゃんは、私たちが作った料理を小さなお口でパクパクと美味しそうに食べてくれている。一口運ぶごとにパァッと幸せそうな笑顔を咲かせるのを見ていると、こちらまで胸がほっこりと温かくなってくる。
それにしても、本当に愛らしい女の子やねえ。古い着物の装いに、艶やかなストレートの黒髪。美しい日本人形がそのまま生きて動き出したかのような、見事なまでの正統派の美人さんだ。
「刺身も美味しいと言って食べてもらえて何よりだ。山奥の出身だと聞いていたから、生魚は口に合うかどうか少し心配だったが……これなら安心だな」
十一さんがお猪口でチビチビと日本酒をやりながら、私たちの話に穏やかに賛同してくる。私は彼のお猪口が空いているのに気づくと、すかさず徳利を持ち上げてお酒を注いであげた。「すまないな」と十一さんは小さく礼を言い、トクトクと注がれた液体を美味しそうに一口含む。
「そういえば十一さん、菊ちゃんって十一さんの大好物な『黒髪ストレート』の女の子ですやん」
私はニヨニヨと意地の悪い笑みを浮かべながら、十一さんの肩を軽く小突いてちょっかいをかける。
「前に。鈴々莉が真っ黒な墨を盛大にかぶって黒髪になった時、十一さんめちゃくちゃ見惚れてたやんか。あれ、私は忘れはせんでー」
それを聞いた瞬間、十一さんはギッと鋭い目でこちらを睨みつけた。
「そんな事はないと言っているだろうがっ!」
ちょっと強めのトーンで言い放つ十一さん。おー怖っ。
「琴さん、そういうからかい方はやめましょうね。十一さんに失礼ですよ」
すでにほろ酔い加減で、うっすらと頬を赤らめた涼が優しく注意してくる。……あれ、もしかして少しからかい過ぎてしまったやろか。十一さんは涼に「もっと言ってやってくれ」と言いたげな顔で、忌々しげにお猪口の酒をグイと煽る。
「まあ、あれは鈴々莉さんだからこそ意味があるのであって……十一さんが、他の人になびくような軽い人じゃないことくらい、私にも分かりますよ」
涼の冷静かつ鋭い発言に、十一さんは飲んでいたお酒を盛大に吹き出しそうになる。そして、当の涼自身もどこか楽しそうにニヨニヨと笑っていた。
「そりゃそうやな! ははは、すまんかったな十一さん!さすが涼や分かっとる!!」
そう言うと、涼の肩をバンバン叩き、乾杯する。
「ごほっ、ごほっ……!」
私のあっけらかんとした謝罪に、十一さんは盛大にむせ返る。そして、フーッと深く長い溜息をついた。
「司まで、宮板みたいな調子の狂うことを言い出す始末か……。お前ら性格正反対だが、似てるとこもあるんだな。もういい、勝手に好きなだけ言ってろ。この酔っ払いどもめ」
十一さんはそれだけを一言でバッサリと切り捨てると、呆れたように再び新鮮な刺身を箸でつまんで口へと運ぶのだった。




