矢木!!死す!!
⚪︎矢木剛斗視点
「ところで、今回の発起人である鈴々莉さんはどこにいるんですか?」
俺はふと周囲を見渡し、疑問を口にする。
「鈴々莉さんなら、三階のジョーさんの居住スペースで料理してるよ」
『幽玄堂』の社屋は、二階が編集部で、三階がジョーさんのプライベートスペースになっている。なるほど、二階のキッチンだけではコンロの数にも限りがあるから、手分けして作っているわけか。
「へぇ、鈴々莉さんも料理とかできるんだ?」
「できると言えば、できるような……そうでもないような……」
「そうね、できるかと言われれば一応できるんだけど……」
鳥居も映子さんも、なぜか急に歯切れが悪くなる。
「鈴々莉が料理を作ったあとの台所は、毎回後始末が地獄のように大変なんだよな……」
ジョーさんが遠い目をして、ボソボソと呟く。
「あいつの作ったものは、人間が食えたもんじゃないぞ」
そんな会話の最中、十一さんがバッサリと冷酷に言い放つ。そのあまりに忌々しげなトーンに、俺は思わずカチンとくる。
「いやいや、せっかくみんなのために作ってくれているのに、そんな言い方は……」
「……なら、実際にあいつの料理を見てから言え」
十一さんはそれだけ言うと、ふんっと鼻を鳴らして再び鯛の調理へと戻ってしまった。
「そうですね、鈴々莉さんの料理は……なんというか、個性的というか、独特というか……」
「美味しいと思って食べる人も中にはおるんやろうけど、好みはものすごく分かれるわな」
「へー、そこまで言われると、逆にどんな味なのか食べてみたくなりますね」
「……ふむ。いま自分で『食べてみたい』と言ったな?」
十一さんが不敵な笑みを浮かべる。一体どんな恐ろしい料理が出てくるというのか。
その時、頭上の階段をドタドタと駆け降りてくる足音が響いた。同時に、鼻を突き刺すような強烈な刺激臭が漂ってくる。匂いを嗅いでいるだけで、額からツーっと嫌な汗が吹き出してきた。
「お待たせーっ! 自信作の麻婆豆腐ができたよ! 誰か味見してよ!」
両手で大きな大皿を掲げながら、鈴々莉さんが満面の笑みでリビングに現れる。
「ちょうどいい、矢木がぜひ食べてみたいそうだからな。こいつに味見をさせてやってくれ」
俺はギクリと硬直して、隣の十一さんを見上げる。
「男に二言はないよな?」
十一さんの冷徹な一言により、完全に退路が断ち切られた。こうなったら腹をくくるしかない。
「……俺だって男ですからね! 食べてみせますよ!」
「ちょっと矢木っち、うちの料理をなんだと思っているの?」
鈴々莉さんは不満そうにほっぺたを膨らませながら、湯気の立つ大皿を俺の目の前へと近づけてきた。
――近づいてくるだけで、目や鼻が痛い。
そこにあったのは、おぞましいほど真っ赤な粘性の高いスープがぐつぐつと煮え返っている何かだった。
おかしい、豆腐って本来は真っ白な食べ物のはずだよね? なんでマグマみたいに真っ赤に染まっているんだ?
待て、隣にいる鳥居はなぜいつの間にか式神のピーちゃんを出して、厳重に回復の構えをとっているんだ!?
俺はブルブルと震える手でレンゲを掴み、恐怖に引きつりながらもスープをすくい上げ、自分の口へと運んだ。
――口に入れた瞬間、脳が揺れた。
「辛い」なんて表現は、あまりにも生ぬるすぎる。口の中で小型の爆竹でも破裂したんじゃないかというほどの、暴力的な衝撃と激痛が駆け抜ける。俺の顔は瞬時に真っ赤に染まったあと、次の瞬間にはサーッと血の気が引いて真っ白になっていく。意識が遠のき、目の前が真っ暗になっていくのがわかった。
「矢木くん、ええ奴やった……。今度から、時々ウチのイタコの力で霊界からおろして供養してあげるから、
どうか安らかに眠ってな……」
「私も、時々向こうの世界から呼び出してあげますよ……」
遠くで誰かが不謹慎な冗談を言っている気がするが、もうそんなツッコミを入れる余裕すらない。俺はそのままバタリと床に倒れ伏した。
「えーっ? そんなに辛いかなあ?」
首をかしげながら、鈴々莉さんはレンゲでその麻婆豆腐を平然と一口すくい、口に運ぶ。
「うん、すごく美味しいじゃない! やっぱりうちって天才かも!」
鈴々莉さんはケラケラと笑いながら、満面の笑みで自画自賛を繰り広げるのだった。




