料理上手
⚪︎矢木剛斗視点
「けど、会社にちゃんとした調理の設備まであるんですね」
俺はふと気になった疑問を口にする。
「あー、それはね。締め切り間際になると、みんなして会社に缶詰になることも珍しくないからねえ」
「オカルトの調査や依頼と原稿の締め切りが被ったりすると、もう修羅場だよ」
「なるほど……。料理ができない人たちもいるのに、意外だなと思ったんで」
俺が少し意地悪そうに笑ってみせると、
「……最後のひと言が余計よ」
鳥居はすっかりとしょげてしまう。
そんなやり取りの傍らでは、十一さんが手際よく立派な鯛を包丁で捌いていた。その手並みは驚くほど鮮やかで、見事な刺身が次々と仕上がっていく。
「十一さんも包丁とか使えるんですね」
「当たり前だろ。俺は刃物系ならだいたい扱えるからな。それに、神社の仕事でお供物として鯛を丸ごと一匹いただくことも多いんだ。流石にそれくらいの魚は自分で捌けなきゃ困るからな」
――おや、目の前に「鯛が捌けない神社の娘」が盛大にしょぼくれていますけど、それはいいんでしょうか。鳥居はさらに深くしょげ返っていた。
「そういえば、室町時代って醤油ってすでにありましたっけ?」
「たしか、もうちょっと後の時代なんちゃう? っていうか、そこまで当時の歴史にこだわらんでもええんちゃうか?」
「いえ、せっかくの機会ですから、当時に近い形の料理も菊さんに食べてもらいたいじゃないですか。刺身につける醤油も、今のうちに煎り酒を用意しておきましょう」
涼さんと琴さんは、野菜の煮しめやなます、味噌汁といった当時の料理の再現に勤しんでいる。二人揃ってエプロンを身につけており、琴さんも手慣れた様子で調理をこなしているが、なにより涼さんの包丁さばきは惚れ惚れするほど鮮やかだった。
「涼さん、手並みが見事ですね。……もしかして、宗教的な儀式で生き血とか扱ったりするから、その流れで料理も覚えた感じですか?」
「見た目の偏った印象だけで語っちゃダメですよ、矢木くん。いったい私のことをどういう目で見てるんですか? ……ただの趣味です、趣味」
涼さんにやれやれといった苦笑いを浮かべながら突っ込まれてしまう。
「涼の料理はホンマに腕利きやで! たまに美味しいお菓子を作って会社に持ってきてくれるんやけど、プロみたいやもん」
手際よく野菜やキノコを包丁で切り分けながら、琴さんが力説する。
「そうそう、私たちもいつも楽しみにしているのよね」
「本当に、涼さんが作るものはどれを食べてもハズレがないんだよ」
映子さんと鳥居も大きく頷いて同意する。二人とも、涼さんの手作りお菓子の味を思い出しているのか、どこかうっとりとした表情を浮かべていた。
「それならいっそ、二人とも涼さんに料理の作り方を教わったらどうですか?」
俺が軽い気持ちで提案してみると、
「矢木くん、それは食材に対する取り返しのつかない冒涜というものよ」
映子さんは微塵の迷いもなくはっきりと言い切る。
「さすがにそこまで酷くはない……かもしれない……たぶん」
鳥居は完全に否定しきれず、なんとも歯切れの悪い返事をするのだった。




