ひとときの平穏と夕暮れのキッチン
⚪︎矢木剛斗視点
「矢木くん、危ないわっ……!」
「大丈夫……?矢木くん?」
びくびくと身を引く映子さんと鳥居に、心配そうな声をかけられる。
「いやいや、唐揚げを揚げるだけですってば」
俺は苦笑いを浮かべながら、手際よく衣をまとわせた鶏肉を熱した油へと投入していく。鍋の中では美味しそうな音を立てながら、肉がみるみるうちに綺麗なきつね色へと変わっていく。多少の油はねくらい男なら気にするほどでもないが、映子さんと鳥居はまるで不発弾でも見るような目で怯えていた。
「すみません、菊さん。胸中を思うとお辛いはずなのに。うちの社員どもが、どうしても菊さんを盛大に歓迎したいって聞かなくてですね……」
ジョーさんが申し訳なさそうに頭をかく。
「いえ、皆様の温かいお心遣い、とても嬉しく思います。逆に、私のような者のためにこんなに気を使わせてしまって申し訳ありません……」
菊さんは恐縮しきりで、小さく首を横に振る。
話が無事にまとまり、菊さんは今夜、この『幽玄堂』の社屋に宿泊してもらうことになった。もちろん、いつ敵が襲ってくるか分からないため、社員全員が泊まり込みで万全の護衛にあたる予定だ。その一環として、少しでも菊さんの不安を和らげ、元気づけてあげたいと鈴々莉さんが提案し、急きょささやかな歓迎の宴を開くことになったのだ。恋人の件もあり、受けてくれるか少し心配だったが、菊さんも快く受け入れてくれたようでホッと胸を撫で下ろしている。
――で、宴会をするなら「やっぱり揚げたての唐揚げがなくちゃ始まらない」という持論を持つ俺も一品つくる事になり、こうして腕を振るうことになったというわけだ。
「矢木くん、料理とかもできちゃうんだね。なんだか意外だなあ」
鳥居が感心したような表情を浮かべながら、揚げ物の様子をのぞき込んでくる。
「いや、野球部の練習が死ぬほどキツくてさ、いつも腹ペコだったからな。うちの飯だけじゃ足りなくて、自分で夜食とか追加で作ったりしてたんだよ」
育ち盛りの俺は普通の食事じゃ到底足りず、大喰らいでまわりに迷惑をかける分、せめて自分のぶんくらいは自分で何とかしようと自然と覚えたのだ。もっとも、作れるのは男飯というか、とにかく白米が進むようなこってりしたおかずばかりだが。
「へぇー、えらいんだね」
「逆に、鳥居が料理とか苦手そうなイメージなかったから意外だったな。なんでも完璧にこなせそうに見えるんだけど」
きつね色にカラッと揚がった唐揚げを菜箸で引き上げながら言うと、鳥居は「びくっ」と肩を揺らし、露骨に視線をそらした。
「そ、掃除とか……その、料理以外の家事ならだいたいできるんだよ! たぶん……」
後半の言葉は、消え入りそうなほどか細い声量だった。
「いまの世の中、便利なカップラーメンもあるし、別に料理なんて作れなくても私たち生きていけるもんね? ね、小夜ちゃん?」
映子さんが、自らの生活力を棚に上げて鳥居に力強く同意を求める。
「私も料理はあまり得意じゃないですけど、でも映子さんほどひどくはないですよ。だって映子さん、カップ麺にお湯を入れる時にお湯がぬるくても全然気にせずそのまま入れるし、この前なんて粉末スープの袋を盛大にバリッと破って中身を盛大にぶちまけたあげく、鼻に入ってくしゃみして粉を周囲に吹っ飛ばしたじゃないですか」
「ちょっ、それ以上は恥ずかしいから暴露しないでっ……!」
鳥居の容赦ない暴露に、映子さんが顔を真っ赤にして大慌てで彼女の口を塞ぎにかかるのだった。




