交渉成立!!
⚪︎ジョー視点
「お話はよく分かりました。その願いが叶ったあとは、あなた自身にもこの世に対する未練は残らないんですね」
「もちろんです。弥一さんのいない現世になど、もう何も未練はございません」
菊さんは、揺るぎない決意に満ちた強い顔つきでそう答えた。
とは言え、非常に頭が痛い問題だ。
相手はよりによって天狗の群れである。先ほどの襲撃で烏天狗が出てきたから薄々察してはいたが、あいつらは総じて強敵だ。仮にその弥一さんとやらを正気にして解放するにしても、激しい戦闘は絶対に避けられない。先日戦った「雷喰い」と比較にならないほどの危険が伴うだろう。おそらく、我が社の総力戦になるはずだ。
私は悩ましい気持ちで、目の前にいる社員たちを見やった。
――そこには、見事に大号泣している面々の姿があった。
「俺……こういう純愛の話にめっぽう弱いんですよ……っ」
矢木が袖でしきりに目を擦っている。
「お互いを心の底から思い合ってて、ほんまにええ話やなぁ……」
「深い愛情で結ばれているからこそ、余計に切なくて悲しいお話ですね……」
琴と小夜はハンカチで両目をしっかりと押さえている。
「長年連れ添ってきた大切な相手を救うためとはいえ、その決断を下すまでの心労は計り知れないな……」
十一もまた、いつになく目に熱い涙を湛えていた。
「あーっ、十一が泣いてる!!」
「雪墨にだけは言われたくないっ……!」
鈴々莉がからかうように声を上げるが、彼女自身の頬も涙がボロボロと伝い落ちている。そして十一のツッコミを聞いた瞬間、鈴々莉の涙腺が決壊した。
「だって、そんなの悲し過ぎるじゃんかよお――っ!」
鈴々莉は声を上げて大号泣し始める。
――揃いも揃って、どいつもこいつも涙もろすぎるだろ、おいっ!!
ただ、この場の情動に流されて安易に受けていいものか、経営者としては判断に迷うところだ。だが、万が一ここでこの依頼を断ろうものなら、この感傷的な社員たちに袋叩きにされそうな気配がひしひしと伝わってくる。
「あの、ひとつ質問してもいいですか? 女性の年齢を聞くのは大変失礼かと思いますが……菊さんは、おいくつなんでしょうか?」
比較的冷静さを保っている涼が、ズバッと核心を突く細かい情報を切り出す。
「だいたいですが……十八になったところです」
「あっ、すみません。亡くなられた時の年齢ではなくて、霊として現代に至るまでにおよそ何年くらいが経過されているのでしょうか?」
「そうですね……大体ですが、六百年くらいでしょうか?」
――ろっぴゃくねん!?
俺と映子と涼の三人は、思わず声を合わせて絶叫した。
「六百年……っ!? それってつまり、室町時代くらいってことですよっ!?」
映子は飛び上がるほど仰天して声を張り上げる。間違いなく、我が社がこれまでに請け負ってきた霊の中でもぶっちぎりで最古の年代だ。霊的エネルギーの特異点――いわゆるエンドライトとしてエネルギー化した時に、どれほどの莫大な能力や研究的価値を持つか、もはや見当もつかない。編集者としても、オカルト研究者としても、これは最高に興味をそそられる対象だった。
「これ、受けてもいいんじゃないでしょうか? ハイリスク・ハイリターンにはなりますが……。それに、個人的な心情としても、彼女の願いを聞き届けてあげたいですしね」
「私もそう思います。さすがの私でも、この事情を聞いておきながらここで突っぱねるのはさすがに心が痛みますし」
普段は冷静で状況判断に長けているはずの映子と涼の二人までが、すっかりその気に傾いている。
残りの連中については、いまさら聞くまでもなく答えは分かりきっていた。
「……菊さん。そのご依頼、我が『幽玄堂』がしっかりと引き受けます。どうかよろしくお願いしますね」
私は覚悟を決めると、スッと彼女に向けて右手を差し出した。
それを認めた菊さんは、両手でしっかりと温かくその手を包み込み、感謝の言葉を紡ぎながら、再び嬉し涙をこぼして泣き崩れるのだった。




