カメラマン 日影映子
鈴々莉さんの作業を邪魔しないように、静かにその席を離れる。今度は少し離れた位置にあるデスクへと案内された。そこでは、猫背気味の姿勢でカタカタとキーボードを打ち込んでいるメガネの女性がいた。
「お仕事中すみません、映子さん。新しいバイトの人が入ったので紹介を」
「ううん、大丈夫だよー」
映子さんと呼ばれた女性が、くるりと椅子を回転させてこちらを向いた。
「うおっ……!」
俺は思わず大きな声を出しそうになった。ゆったりとしたニットを着ているにもかかわらず、胸のあたりがとんでもないボリュームを主張していたからだ。
ボサボサの黒髪は目元を隠すほど長く伸び放題で、かなり容姿に無頓着な印象を受ける。丸メガネの奥の目元はよく見えないが、全体的におっとりとした雰囲気を醸し出していた。だが、そんな印象を一瞬で吹き飛ばすほど、胸元の存在感が圧倒的すぎる。
「いっ……!?」
鼻の下を伸ばしかけた瞬間、急激な激痛が走った。隣に立つ鳥居が、険しい顰めっ面で俺の足を容赦なく踏んづけていたのだ。
「私は日影映子。取材時は主にカメラマン、普段はサイトの管理とかパソコン周りの事務をやっているの。えーと、お名前は……」
「あ、矢木です! 矢木剛斗と言います!」
「よろしくね、矢木くん。機材が重くて私ひとりだと搬入が大変だから、撮影の時は協力してくれると助かるな」
おっとりとした穏やかな声で、優しく微笑みかけられる。
「任せてください!! 体力には自信あります!」
美しいお姉さんに頼りにされて、俺は俄然張り切って返事をした。
一通り挨拶を終え、その席に背を向けて歩き出そうとした、その時だ。
「……うふふ、彼は攻めかな……それとも受けかな……?」
背後から映子さんのボソボソとした呟きが聞こえてきた。
「攻めなら任せてください!! 俺、バットには自信あります!」
「ひゃいっ!?」
声が聞こえたので元気に反応して振り返ると、映子さんが見たこともない奇声を発した。一瞬でのぼせたように顔を真っ赤にし、両手で口元を押さえてワタワタとパニックになっている。
「映子さん? 大丈夫ですか?」と声をかけてみたが、完全に固まってしまって反応がない。仕方なく、俺たちはその場を後にすることにした。
「ねえ、映子さんって男の人を見ると『攻め』とか『受け』とか言う時があるんだけど、一体何なの?」
歩きながら、鳥居が不思議そうに首をかしげる。
「ん? 攻めと受けだろ? 攻撃と守備だから、野球のことじゃないか? 俺はどっちかと言うと、ガンガン打ち込んでいくバッティング……つまり『攻め』の方が好きだな」
「なるほどね。映子さんも野球好きなのかな?」
「きっとそうだな!」
二人で変に納得し合う。
「……それはそうと、さっき映子さんの胸凝視してたでしょ! 映子さんは無自覚だから、そういうのホントやめてよね!」
鳥居が少し怒ったようにジト目で睨みつけてきた。
「すまんすまん、悪気はなかったんだ……」
素直に謝罪する。だが、それにしても本当に大きかった。冗談抜きでメロンくらいあるんじゃないだろうか。それに比べて、となりにいる鳥居は……うーん、さくらんぼ……いや、みかん位か?
「だから!! そういうとこ!!!」
「ぎゃああああっ!?」
俺の失礼極まりない視線と察しに気づいた鳥居によって、再び足の甲を全力で踏み抜かれ、俺は廊下で悶絶するのだった。




