着物の少女と妖
⚪︎宮板琴視点
「私の名前は、菊と申します」
着物の少女は、楚々とした仕草で自身の名を名乗った。
「これはご丁寧に。私は『幽玄堂』社員の宮板琴ともうします」
自己紹介を受け、私も丁寧に頭を下げてお辞儀を返す。名刺を出すべきか一瞬迷ったが、これだけ古風で綺麗な着物を着ているお方だ。そんな現代の文化なんて馴染みがないかもしれないな、と思い留まる。
「あの……失礼ですが、今日は、お一人で来られたのですか?」
突然、小夜ちゃんがどこか険しい表情を浮かべながら尋ねた。
「え、ええ。一人で参りましたけれど……」
「小夜ちゃん、いくらなんでも初対面からそんな聞き方は失礼やで」
私は慌てて小夜ちゃんの袖を引っ張り、耳打ちする。
「では――あなた、命を狙われている覚えはありますか?」
その直截的な質問に、菊と名乗った少女はハッと息を呑んだ。
「まさか……私、つけられているのですか!?」
彼女が怯えたように声を震わせた、その瞬間だった。
少女の言葉が終わるのを待っていたかのように、小夜ちゃんが素早く両手を広げ、二羽の式神を現し出させた。ここまで緊迫した空気に包まれて、私もようやく事態を飲み込む。どうやら、もの凄く厄介な連中がこの子を追ってきたらしい。
私は霊気が漂う方向――ビルの上空へと、慌てて視線を向けた。
そこには、異様な羽音を響かせながら、無数の妖怪が空から飛来してきているところだった。漆黒の羽を持つそれは、小夜ちゃんの式神と同じ濡れ羽色の烏――だが、人間のような手足が生えており、その手には頑丈そうな棍がしっかりと握られている。俗に言う『烏天狗』の群れだ。
頭上に広がるおぞましい光景に気づき、菊さんは恐怖で青ざめ、その場にすくみ上がってしまう。
「すみません……っ、私、やっぱりつけられていたんですね……!」
「琴さん、菊さんを社内へ避難させてください! ここは私が引き受けます!」
小夜ちゃんがキリッとした凛々しい声で指示を飛ばすと同時に、金鵄のピーちゃんが眩い黄金色の障壁を展開し、上空から降り注ぐ無数の鋭い羽の雨を完璧に防ぎ止めた。
「頼むで小夜ちゃん、すぐみんなを呼んでくるからな!」
私は一瞬の躊躇もなく菊さんの手を取り、社内へと引っ張り込むように走り出すのだった。




