自分の気持ち
⚪︎鳥居小夜視点
矢木くんの馬鹿、馬鹿、馬鹿っ……!!
あんな人前で、あんな大声で何を言っているのよ……!
慌てて事務所を飛び出して外まで飛び出す。玄関を背にうずくまる私の顔は、いまだに茹でダコのように激しく火照っていた。
「小夜ちゃん、あれは冗談やで。ジョーさんの真似をして、その場の空気を乗り切ろうとしただけやから!」
後を追うようにして飛び出してきた琴さんが、慌てた様子でそう説明してくれる。
「……そうなんですか?」
胸を撫で下ろすと同時に、急に全身の力がスッと抜けていき、私はそのままペタンと地面に座り込んでしまった。
ホッとしたような、でも……心のどこかで、ほんの少しだけ残念に思ってしまったような。
――ううん、こんなの気のせいに決まっている。
「びっくりしました……。いきなりあんな真剣な顔で、みんなの前で言うんですもん」
「ふーん? じゃあ、みんなの前じゃなかったら良かったっていう口ぶりやな?」
「ちっ、違いますっ!」
「冗談や、冗談」
ニヤニヤと茶化すような琴さんに、私は思わずむうっといじけた表情を浮かべる。
「けど、真面目な話、さっきのやり方はちょっとアレやったけどさ……矢木くん、ええやん? まだ一緒に働くようになって1週間やけど、根はすごくいいやつやで。ちょっと天然入っとるけどな」
「いいも何も、私だってちゃんと話をするようになったのはここ最近ですよ」
口ではそう言いながらも、頭には矢木くんの姿が思い浮かぶ。学校では特に親しいわけではなかったけれど、彼が野球部の中心として誰よりも泥臭く努力し続けていた人だということは知っている。本人はまったく自覚していないみたいだけれど、学校でもこっそり彼に視線を送っている女子は少なくない。
「小夜ちゃん、さっき自分の家の結婚話にはあんなに怒っとったけど、前は普通に流してたやん。もしかして、何か心境の変化でもあったんやないの?」
私はそっと自分の胸に問いかける。
確かに、少し前までは「家柄だから仕方ない」と面倒くさいとは思っても、ここまで激しく感情を波立たせることはなかった。むしろ、それが当然の義務なのだと受け入れていたはずだ。
――あの廃病院で、矢木くんが命がけで私を庇ってくれるまでは。
「私……どうしちゃったんでしょうか」
自信なげに、私はぎゅっと膝を抱えてうつむいた。
「まあ、それが恋になるか分からんけどさ……そういう自分の胸のざわめきは、大切にした方がええよ」
琴さんが、いつもの軽口とは違って、どこか優しく穏やかなトーンで声をかけてくれる。
私は一人っ子だし、お姉ちゃんなんていないけれど、もしお姉ちゃんがいたらこんな風に親身になって相談に乗ってくれるのかな――そんなことをぼんやりと思った。
「そうですね……私も、自分の気持ちをちょっと考えてみたいと思います。矢木くんとのことも」
少しだけ霧が晴れたようなすっきりした気持ちで顔を上げ、私は目の前にいる琴さんを見据えた。
――しかし、そこに映っていたのは、物凄く「にっこにこ」に笑っている琴さんの顔だった。
細い目がいつも以上に細くなり、満足げに垂れ下がっている。
あ……忘れていた。この人は幽玄堂出版社の凄腕取材記者。人の懐にスルスルと入り込み、言葉巧みに本音を誘導するのが得意技だったんだ――!
「スクープや、これはスクープやで……!」
ニヨニヨと余裕の笑みを浮かべる琴さん。
「この女狐がーーっ!!」
狐のように狡猾な先輩の笑顔に向かって、私は思わず絶叫するのだった。




