ようこそ幽玄堂出版社へ!!
⚪︎ジョー視点
「あー……矢木。すまなかったな、巻き込んでしまって」
結果的にはオーライとなったが、一般人である高校生の矢木を危険な現場へ巻き込んでしまったのは事実だ。これは素直に反省せねばならない。背後から小夜と十一の冷ややかな視線が突き刺さり、嫌でも反省を余儀なくされる。背中にじっとりと冷や汗が滲んだ。
「ここまで色々と説明しておいて何だが……今日の出来事は全部忘れてくれ」
幽霊や妖怪の類なんてものは、漫画や小説の中だけに存在していれば十分だ。こんな異常な世界のことは綺麗さっぱり忘れて生きる方が、矢木にとっても間違いなく幸せなはずなのだから。
「あの……これからも、ここで雇ってもらうわけにはいかないでしょうか? 俺、何でもしますから!」
矢木が少し言いづらそうに、けれど意を決したように尋ねてきた。
「ダメだよ!! 絶対ダメ!! どんなに危険か、身にしみて分かったでしょ!?」
小夜が慌てて声を張り上げる。これ以上、彼を危険な目に遭わせたくないのだろう。
「助けてもらっておいてこんなことを言うのも何なんだけど……私もやめておいた方がいいと思うわ」
「私も反対ですね。矢木くんのあの異常に狙われやすい体質は、あまりにも危険すぎます」
「片手間で足を踏み入れていい世界じゃないぞ」
小夜に続き、映子、涼、十一の四人が明確に反対を表明した。
「うーん、うちは別にいいと思うけどなー。実際、今回も矢木っちがいなかったら超ヤバかったっしょ?」
「うちも賛成やな。めちゃくちゃ危険な現場には連れて行かなきゃええだけやん。それに小夜ちゃんかて、同い年の仲間がおった方がやりやすいんちゃう?」
「それと……これとは……」
琴の言葉に、小夜が視線を泳がせて不満げに言葉を濁す。
「まあ正式に雇うまではいかなくとも、矢木のその体質については一度しっかり調べてやらんとな。矢木自身、こうなった以上は自分の身体のことについて知りたいだろ? ――身体の隅々まで、バッチリ調査してやるぜ」
場の空気を和ませようとちょっと誇張した冗談めいた口調で言ったのだが――その瞬間、映子がゾクッとしたように肩を揺らし、恐ろしいほどの速さと眼光でこちらを振り向いてきた。
……待て、なぜそんな怪しく目を輝かせている?
さておき、これで賛成3、反対4。単純な多数決なら却下だが――。
「俺……高校を卒業したら、実家の跡を継いで家の仕事に入らなきゃいけないんです」
矢木がポツリポツリと、自身の胸の内を語り始めた。
「昔から人を助けるような仕事に興味はあったんですけど……俺、頭悪いし。だから人間じゃなくても、幽霊の願いを聞いて助けるこの仕事が、すごく良いなって思えたんです。せめて高校を卒業するまでの間だけでも……自分が本当にやりたいことをやってみたいんです」
その不器用で真っ直ぐな言葉は、居合わせた全員の胸に強く突き刺さったようだった。
そうだよな。俺たち退魔師の家に生まれた者は、生まれた瞬間から敷かれたレールを走ることを決められている。家業の縛りとは関係なく「自分の意思でやりたいことをやりたい」と願う彼の切実な気持ちは、痛いほど理解できた。
「……危険なことを絶対にしない、っていう条件付きなら良いんじゃないかしら」
真っ先に折れたのは映子だった。
「それに……ジョーさんが言った『矢木くんを身体の隅々まで調べる』っていうのにも、すごーく興味があるしね……ふふ」
何やら目を細めて怪しい笑みを浮かべながらボソッと不穏な妄想を呟いているが、触れぬ神に祟りなし、聞こえないふりをしておこう。
「今回命を助けてもらいましたからね。流石に助けられっぱなしで追い返すのは、申し訳ないですし」
涼も眼鏡のフチをすっと押し上げながら折れた。
「……やるからには徹底的に鍛え上げてやる。死にたくなければついて来い」
十一も不器用な厳しさを見せつつ受け入れる。
「絶対……絶対に、無理だけはしないでよ!!」
最後まで心配して反対していた小夜も、ついに折れて固く釘を刺した。
「よし、じゃあ決まりだな!」
俺は笑顔を浮かべ、彼に向かって右手を差し出した。
「改めて――幽玄堂出版社へようこそ!」
「よろしくお願いします!」
矢木は爽やかに返事をすると、礼儀正しく頭を下げ、俺の手をしっかりと力強く握り返すのだった。




