文筆家 八十八十一
「ここが編集部だよ」
鳥居に案内されて扉を開けると、そこは外観のボロさとは正反対の空間だった。室内は思いのほか清潔感があり、整然と机が並べられた綺麗なオフィスになっている。
「えーと、今いるのは……」
鳥居が室内をキョロキョロと見回していると、奥のデスクから一人立ち上がってくる人物がいた。
「おい、鳥居」
「あっ、十一さん」
鳥居に「十一」と呼ばれた男性に、俺は視線を向けた。
黒い和服をさらりと粋に着こなし、長い黒髪を後ろで緩く束ねている。切れ長の鋭い目元と立ち込める煙草の煙が相まって、まるで時代劇からそのまま飛び出してきたかのような、独特の浮世離れした色気と雰囲気を纏っていた。
「原稿が出来た。後で確認しておいてくれ」
十一さんは、机の上にドサリと分厚い紙の束を置いた。原稿用紙のマス目の中に、鉛筆でぎっしりと文字が書き連ねられている。
「わかりました! いつも締め切りを守ってくださってありがとうございます」
「作家として当然の事だ」
低く静かな声で答える十一さんを見ながら、俺は思わず原稿用紙を二度見してしまった。今の時代、小説ってパソコンでカタカタ書いてメールで送るもんじゃないのか?
「……やっぱり小説家の先生って、鉛筆で原稿用紙に手書きなんですね」
「ふふ、十一さんはパソコンとかの機械が全くダメなの。だから特別に手書きで提出してもらってるんだよ」
「余計なことは言わなくていい」
鳥居が苦笑いしながら教えてくれたのを、十一さんが即座に制する。
「……こいつは?」
十一さんが、ふと俺の方へ視線を向けた。
「矢木剛斗くんです。今日からアルバイトで入りました。矢木くん、こちらは八十八 十一さん。うちでオカルト小説を執筆されているの」
鳥居が見せてくれた原稿用紙の一番上の表紙を見ると、鉛筆で大きく『八十八 十一』と書かれていた。
「はちじゅうはち……じゅういち……?」
「『やそはち といち』って読むの。ペンネームってやつね」
「あ、八十八十一先生! 矢木剛斗です! よろしくお願いします!」
体育会系の癖で威勢よく挨拶し直したものの、十一さんは返事をせず、じろりと俺を睨みつけるように見つめてきた。手に持ったキセルから、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
その蛇に睨まれたかのような射すような視線に、俺の背中を冷や汗がすっと伝った。
「……現場では邪魔にならない様にな」
それだけ短く吐き捨てると、十一さんはひらりと着物の裾を翻して自分の席へと去っていった。
「うへぇ……おっかねえ。昔の小説家っていうか、なんというか……迫力あるなあ、あのおっさん」
姿が見えなくなったのを確認し、ほっと息を吐きながら呟くと、鳥居が呆れたように俺を見た。
「おっさんって……十一さん、まだ23歳だよ?」
「えっ、そうなの!? てっきりもっと上かと……」
貫禄がありすぎて三十代半ばくらいかと思っていた。思わず正直な感想が口をついて出る。
「それに、見た目はちょっと怖そうに見えるけど、十一さんの書くお話はすごく人情に溢れていてファンも多いんだから」
「へー……人は見かけによらねーな」
「お前ら、そういうのは本人がいないのを確認してから言え」
「「すみませんでした!!!」」
聞こえていたのか、いつの間にか背後に立っていた十一さんの冷ややかな声に、俺と鳥居は綺麗に声を揃えて頭を下げ、平謝りするのだった。




