救世主
⚪︎日影映子
「矢木くん、お願い……!」
走り去る彼の背中を私は祈るように呟いた。
雷撃を受けて負傷した涼くんと、巻き込まれた矢木くんを引き連れ、私は戦闘から離れた安全な場所まで避難していた。けれど、遠目に見る戦況は決して良くないようだ。前線で奮闘するみんなを前に、何もできない自分の無力さに固く唇を噛みしめる。
その時、前方から異様な不快感を伴った放電音が響き、禍々しい黒い雷が地面を這うようにこちらへ迫ってきた。私は咄嗟に、横たわる涼くんの頭を抱え上げるようにして庇う。直後、その黒い雷が私たちの身体へと容赦なくまとわりついてきた。
「身体が動かない……!? これ、呪いの類!?」
黒い雷に触れた部分が動かない。激痛とまではいかないものの、じわじわと身体を蝕むような嫌な痛みが走る。
「くっ……これは呪いの一種……! 私も前線に復帰します!」
状況に気づいた涼くんが無理をおして立ち上がろうとするが、やはり満足に動かせないようだ。
「うわ、何だこれ。なんかチクチクするし、足もネバネバして動きづらいな……」
私と涼くんは同時に目を見開いた。絶望的な呪いの渦中で、矢木くんが鬱陶しそうに足踏みをしている。
「矢木くん……! 動けるの!?」
「えっ? なんか足元が不快ですけど、普通に動けますよ。……って、二人ともどうしたんですか!?」
身動きが取れなくなった私たちを見て焦った矢木くんが、近寄って抱え起こそうとしてくれるものの、呪いに縛られた身体はびくともしない。
「先天的に……呪いの類に対して異様な耐性を持っているのかも知れません!」
「そうね……! 矢木くん、すごく危険なことだけど、お願いがあるの!」
そう叫びながら解呪の道具を取り出そうとするが、私の腕は言うことを聞いてくれない。
「ごめんね矢木くん、私の腰のポーチの中に呪いを解く道具が入っているの! それを取って!」
矢木くんは一瞬だけ躊躇したものの、意を決して私のローブの裾を少し捲り、腰のポーチへと手を伸ばした。
「そう、そのボールみたいなやつ! それを持って前線へ行って、みんなの呪いを解いてあげて! 地面に投げつけると割れて効果が出るから……みんなが危ないの!」
「私たちの解呪は後で構いません! 非常に危険な役割ですが……頼みます!」
一般人である彼をこんな過酷な戦いに巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思う。けれど、いまこの絶望的な局面を打破できるのは矢木くんしかいないのだ。
「わかりました。任せてください!」
矢木くんは二つ返事で頼もしく頷き、勢いよく踵を返そうとした。
「矢木くん、待って! 私のローブの裏側に、霊力攻撃の衝撃を抑える薄い防護プレートが入っているの! これも持っていって!」
私が叫ぶと、彼は少し顔を赤らめながらも、私のローブ裏から銀色のプレートを引き抜いた。本来は自分自身の防護用に仕込んでいたものだが、前線に出られない私よりも、いま前線へ飛び込んでいく矢木くんにこそ必要なはずだ。
「よしっ……行ってきます!」
防護プレートをしっかりと抱え、矢木くんは今度こそ、みんなが待つ戦火の前線に向けて全力で駆け出していったのだった。




