墨も滴るいい女
⚪︎雪墨鈴々莉視点
ボイラー室の奥から、雷喰いのおぞましい絶叫が轟いた。
「うっし、ナイス!!」
うちは思わずガッツポーズを決めた。……だが、それが悪かった。
「馬鹿、油断すんな!!」
ジョーさんの悲鳴のような叫びが響く。
ボス級を倒したと思って完全に気を抜いていた。背後にはいつの間にか一台の輪入道が肉薄しており、その醜悪な口内には今にも吐き出されそうな烈火の炎が猛然と滾っていた。
「やばっ……!?」
咄嗟に空中へ筆を走らせようとするも、間に合わない。怒涛の火炎放射が迫り、直撃の瞬間、うちは反射的に腕で顔を覆ってガードした。何とか顔面への直撃こそ防いだものの、服と露出した肌に一気に炎が燃え移る。
「こなくそっ!!」
熱さに耐えながら、うちは頭上へ向けて巨大な筆で殴り書くように雲を描いた。それは墨と霊力を練り上げた、とても簡易的な描画。だが次の瞬間、頭上の雲からザーッと激しい墨の雨が降り注ぎ、うちの全身を黒く染め上げると同時にまといつく炎を鎮火していった。
「大丈夫か、鈴々莉!?」
すかさずジョーさんが愛銃を構え、輪入道の眉間へ正確に銀の銃弾を叩き込む。急所を撃ち抜かれた輪入道は、床へ倒れ込んで激しい回転を止めた。
「一応、霊力を込めた戦闘用の服だからダメージは平気……っ!」
所々が火傷でヒリヒリと痛み、服の端も煤けて焦げているが、致命傷だけは免れたようだ。
「あーもうっ! 髪とか染め直しじゃん、最悪……!」
顔にこびりついた墨をゴシゴシと腕で拭う。綺麗に染めていた自慢の金髪はすっかり黒く染まり、お気に入りの服も漆黒に塗り潰されている。まるで水墨画の世界からそのまま飛び出してきた女だ。
「……ふぅ、怪我はないようだな」
無事を確認したジョーさんが安堵の息を吐き、胸を撫で下ろす。身体の怪我はないかもしれないけど、ギャルとしての容姿には大ダメージだよ!
「墨も滴るいい女だっつーの! ちくしょう!」
怒りに任せて叫びながら、うちは宙へ矢印の術式を幾つも描き出し、残った雑魚へ向けてヤケクソ気味に放ちまくる。スタミナのペース配分なんて知るか! 全員まとめてぶっ潰す!
「全身から墨が滴ってたら、ただの大事故だけどな」
呆れ顔で突っ込みを入れつつも、ジョーさんも銃を撃ち増して応戦を続けるのだった。




