編集長 ジョー
細い路地をいくつか抜け、商店街の外れまでやってきた俺は、目的の建物の前で思わず足を止めた。
「うわー……流石オカルト専門の出版社っていうか、何というか……」
目の前に聳え立っていたのは、いつ崩れてもおかしくなさそうな年季の入った雑居ビルだ。外壁のペンキはあちこちはげ落ち、壁面には怪しげな濃緑色の蔦がびっしりと絡みついている。一言で言って、不気味すぎる。
電話で連絡を入れると、対応した人物から即座に「今からすぐ面接に来ていいよ」と言われた。履歴書もいらないし、服も私服で適当でいいとのこと。
本当に大丈夫なんだろうか、この会社……? それとも、よっぽど深刻な人手不足なんだろうか。一瞬だけ一筋の不安が脳裏をよぎったが、「まあ、何事も経験だ」と自分に言い聞かせて足を踏み入れた。
入り口のガラス戸を手で押し開けると、ギーッという錆びついた不快な金属音が響き渡る。電話で案内された通り薄暗い階段を上がっていくと、突き当たりに『応接室』と書かれたプレートが貼られたドアを見つけた。
俺は深呼吸をしてから、ドアを軽くノックする。
「どうぞー」
奥から返ってきたのは、煙草で掠れたような低いハスキーボイスだった。
「失礼します!!」
体育会系らしく第一印象が大切だと思い、ハキハキと大声で挨拶しながら部屋に入った。
「ようこそ幽玄堂へ。俺が編集長のジョーだ」
そう言って迎えてくれたのは、ソファーに深く腰掛けた男だった。
ボサボサの黒髪に無精髭を生やし、なぜかくたびれた神父服のような黒い衣類を身に纏っている。口には煙草を咥えたままで、紫煙の向こうから怪しい眼光でこちらを見つめていた。一言で言えば、胡散臭さの塊のような男だ。
指示されるまま、俺はガラスのローテーブルを挟んで向かいのソファーに腰掛けた。
「じゃあ、とりあえず自己紹介から聞こうか」
「矢木剛斗と言います! よろしくお願いします!」
「うん。矢木くんね。……最初に言っておくけど、うちの仕事は中々ハードだぞ。取材現場も、それなりに危険が伴う」
危険、か。
心霊スポットの取材となれば、廃墟の足場が悪かったり、あるいは恐怖体験で腰を抜かしたりする程度のことはあるだろう。だが、俺は根っからの体育会系だ。お化け屋敷の類でビビったことすらない。
「大丈夫です!! 体力と根性だけには絶対の自信があります!」
「よし、採用」
「……えっ?」
志望動機すら聞かれず、わずか数十秒で面接が終わってしまった。あまりの拍子抜けさに俺が固まっていると、部屋のドアが不意にノックされた。
「失礼します」
お茶が載ったお盆を手に、部屋に入ってきたのは……見覚えがありすぎる学校の制服を着た女子だった。
整った顔立ちに、きっちりと着こなした制服。同じクラスの優等生、鳥居小夜だ。
「えっ……矢木くん!?」
「鳥居……!?」
まさかこんな怪しげな雑居ビルで同級生と遭遇するとは思わず、俺たちは互いに目を丸くして固まった。
「何だ、お前ら二人知り合いか? 奇遇だな」
ジョーさんは煙草の灰をトントンと落としながら、面倒くさそうに手を振った。
「じゃあ話は早い。小夜、矢木くんに社内を案内して、他の社員たちを紹介してやってくれ」
「そんないい加減な……ハァ」
鳥居はあからさまに呆れた様子で、深いため息をついた。だが、この編集長に何を言っても無駄だと察しているのか、すぐに表情を切り替えて俺に向き直る。
「矢木くん、じゃあ案内するからついてきて」
「あ、ああ……」
俺は促されるままソファーから立ち上がり、鳥居の後について応接室を後にした。
「――あっ、そういえばあいつの『能力』のこと聞いてなかったわ。まあ、あのポスターを普通に読めてここまで来れたんなら、まったくダメってことはないだろ」
背後でジョーさんが何かボソボソと呟いていた気がしたが、ドアが閉まる音にかき消されてよく聞こえなかった。




