先制攻撃
⚪︎雪墨鈴々莉
「俺は上から攻撃する。鈴々莉は下の方を頼む」
ボイラー室の重厚な鉄扉の脇、壁に背をあずけたジョーさんが、煙草の煙を吐き出しながら低く短く指示を出した。その横顔には、普段のだらけた編集長の面影はなく、冴え渡るエクソシストとしての冷徹な鋭さが宿っている。
「ラジャー!」
うちは威勢よく返事をすると、愛用の筆を素早く構えた。
狙うは輪入道どもの足元だ。うちは空中に流れるような所作で筆を走らせ、霊力を込めた墨で巨大な矢印を描いていく。描く位置は、地面からちょうど十センチほど浮かせた高さ。あの火を吹きながら猛スピードで回転する禍々しい車輪の足元をすくい、豪快に転倒させて足を払うのがうちの狙いだ。
「……よし、行くぞ」
ジョーさんが合図と共に、空いた右手を開いてかかげた。そして、等間隔で静かに指を折り曲げ、カウントダウンを始める。
――5、4、3。
鉄扉の向こうから、ゴトゴトと不気味に響くボイラーの稼働音と、炎の爆ぜる音が嫌でも耳に届く。ドクドクと、胸の奥で鼓動が激しく高鳴り始めた。
この高鳴りは、恐怖なんかじゃない。イラストレーターやクリエイターとしての高揚感でもない。
血だ。身体の奥深くに刻み込まれた、退魔士としての血が騒いでいるんだ。
正直、こんな物騒な戦いなんて別に好きでやりたくてやっているわけじゃない。締め切りを守って、可愛いイラストを描いて、ギャルとして楽しく生きていたいだけだ。だけど、幼い頃から家系と環境に叩き込まれてきた厳しい修行の記憶と本能は、どうしても誤魔化しきれない。
――2、1。
最後の指が握り込まれ、カウントがゼロになった瞬間――。
「――フッ!」
ジョーさんが勢いよく足を叩きつけ、重い鉄扉を豪快に蹴り開けた!
直後、ジョーさんは懐から取り出した複数の聖水瓶を、ボイラー室の天井近く、輪入道たちの頭上へ向けて一気に放り投げた。空中で描かれる聖水瓶の描く放物線。間髪入れず、ジョーさんは二丁の愛銃を引き抜き、銀の弾丸でそれらを正確に撃ち抜く!
パンッ! パンッ! と弾ける快音とともに破裂した瓶から、霧状となった聖水が雨のように殺到する輪入道たちへ降り注いだ!
「いっけぇええええ!!」
扉が開いたコンマ数秒の狂いもなく、うちも叫ぶと同時に練り上げた矢印の術式を前方へ向けて発射した!
黒い霊素の光を纏った巨大な矢印が、地を這うような超低空でボイラー室へと突進していく。
頭上から降り注ぐ大量の聖水を浴び、「ギャアアアッ!?」と皮膚を焼かれる激痛に苦しみ、意識を完全に上へと取られてもがく輪入道たち。隙だらけになったその下半身――回転する禍々しい車輪の根元へ、うちの発射した矢印がズドンと完璧な角度で突き刺さった!
ガラガラガッ! と激しい破壊音が響き渡り、推進力を失った輪入道たちが次々と体勢を崩して床へ激突し、豪快にすっ転がっていく。
「今だ! 一気に畳みかけろ!!」
ジョーさんの鋭い鼓舞が飛ぶ。
完璧な先制攻撃が決まったその瞬間、待ち構えていた十一、小夜ちゃん、琴さんの前衛三人が、倒れ伏す輪入道の群れの中へ向かって一斉に飛び出していくのだった。




