優しい人ほど……
⚪︎矢木剛斗視点
みんなで薄暗く湿った廊下を奥へと歩く。
「なあ、鳥居。涼さんの説教ってそんなに怖いのか? 優しそうに見えるけど……どう見ても十一さんの方が怖そうなんだが」
俺は周囲に聞こえないよう、小声で鳥居に尋ねた。だが地獄耳だったのか、前を歩いていた十一さんにギロリと睨みつけられ、俺は思わず肩をすくめた。
「涼さんは優しいよ」
鳥居もさらに声を落として、秘密話のように囁いてくる。
「優しい人ってさ、普段から相手が傷つかない言葉選びをするじゃない? ……でも、人が傷つかない言葉を選べるってことは逆に、人が一番言われたくない言葉や傷つく言い方が分かってるってことじゃない?」
「なるほど、つまり……」
「怒鳴ったりは一切しないんだけど、的確に心をへし折ってくるの。感情を交えず、ただ淡々とね」
俺は恐る恐るチラリと涼さんを見た。整った顔立ちに浮かぶ柔らかな笑みが、一瞬で底知れない不気味さを帯びて見えてくる。
「おっかねぇ……」
「まあ、滅多なことでは怒らないけどね。私も怒られたことないし。ただ、前に琴さんがイタズラとからかいをやり過ぎて怒られたときは、一時間くらいデスクで無言で泣いてたよ」
「……それは忘れて。あれはうちが悪かったし、ほんまに反省しとるねん」
後ろから追いついてきた琴さんが顔を赤くし、珍しく口ごもりながら恥ずかしそうに言った。あの明るい琴さんを無言で一時間泣かせるなんて。
「それはすげぇな……」
心に固く誓った。涼さんだけは絶対に怒らせないようにしよう。
「おい、矢木!!」
「はいっ! うるさくしてすみません!!」
突然、十一さんに朗々とした大声で名前を呼ばれ、俺は背筋をピンと伸ばして条件反射で謝罪した。
「お前、部活は何をやっていた」
「え? あ、一応野球部でしたけど……」
不意打ちの世間話に拍子抜けする。
「県大会の決勝まで行ったんですよ」
俺の答えに、鳥居が誇らしげな様子で補足を入れてくれた。
「なるほどな」
そう呟くと、十一さんは周囲の配管や天井を見回し、途中で視線をピタリと止めた。
「日影、あれ取れるか」
「いいわよ」
映子さんが手元からスーッと霊力のコードを伸ばし、天井にぶら下がっていた古い蛍光灯を器用に外すと、十一さんへ手渡した。
十一さんは懐から一枚の半紙を取り出すと、鉛筆でさらさらと文字を走らせていく。
『玻璃の管に秘められし光と電。器を解き、形を変じ、怪異を討つ刃となれ』
書き上げた半紙を蛍光灯に巻きつけると、半紙が光を放ち、みるみるうちに一振りの剣へと変形していった。シンプルな西洋風の両刃剣。刀身は全体的に淡い黄色を帯びており、バチバチと鋭い放電の音が鳴り響いている。
「野球部なら横に振れる武器の方が馴染むだろう。一応持っておけ」
「あ、ありがとうございます!!」
差し出された剣を受け取る。ズシリとした心地よい重みが手に伝わり、俺は深く礼を言うのだった。




