初のアルバイトと取材準備
「証言元は病院の元院長先生やな。自分が経営していて締めた病院に悪霊の類が取り憑いたと」
琴さんがホワイトボードの前に立ち、手元のノートを開いて視線を落としながら切り出した。
「病院は人の生死が関わる場所だからな。あり得る話だ」
パイプ椅子に深く腰掛けたジョーさんが、一口吸ってから口に咥えた煙草から、ゆったりと紫煙を吹き出しながら頷く。
「場所は隣県の山のふもとで、約10年前に閉院してますね。理由としては人口減による病院の統合かと」
映子さんが膝の上のノートパソコンの画面をカタカタと手際よく操作しながら、静かに補足を入れた。
「10年ぐらいなら、そんな昔じゃなくね? すぐ終わるっしょ!」
鈴々莉さんが椅子の上で脚を組み、ペンを指先で器用にクルクル回しながら、楽観的な声を上げてニシシと笑う。
「元院長としては、心血を注いで人生を捧げた病院が悪霊の手によって荒らされるのが耐えられない、というところか」
十一さんが腰掛けた姿勢のまま、キセルから立ち上る煙をくゆらせ、どこか遠くを見るような静かなトーンでそう呟いた。
「当たり。流石、人情派の先生やな」
「茶化すな」
琴さんがニヤリと笑うと、十一さんは眉一つ動かさずにキセルをもう一吸いし、短く一言だけ返した。
「ちなみに騒ぎを起こしてるのが人間って線はないのか? 悪ガキの溜まり場になってるとか」
「それはない。現地で霊の目撃証言も直に聞いとる」
琴さんが腕を組んで即座に首を横に振ると、その隣で涼さんもメガネのフチをすっと持ち上げながら口を開いた。
「元院長の親類に所有権は渡っています。建物を解体して土地を活用しようとしたところ、作業中に事故が多発して中断されたそうです」
「そりゃ、確定だな」
ジョーさんが短く呟くのを聞いて、涼さんはさらに手元のメモに視線を走らせる。
「親類の方に取材と立ち入りの許可は取っています。もっとも、向こうは『二度と関わりたくない』といった投げやりな感じでしたがね」
ポンポンとトントン拍子に進む、あまりにも本格的すぎる怪異調査の話。俺は完全に置いていかれ、ただただ度肝を抜かれていた。
「なあ……オカルト雑誌の取材って、こんなに専門的なのか?」
あまりの物々しさに、俺は体を少し寄せ、隣に立つ鳥居へ小声で尋ねた。
「当たり前でしょ。うちのオカルト誌は業界でもトップシェアなのよ」
鳥居は何を今更、と言いたげに呆れ顔で即答した。その胸を張る姿を見て、プロとしての徹底ぶりに感心するしかない。
「うちの締め切りも終わったことだし、さっそく行っとく? 今は夏っしょ!」
「……締め切りはとうに過ぎているがな」
「うっさい!!」
十一さんの冷ややかな一言が突き刺さり、鈴々莉さんがキーキーと顔を赤くして噛みつく。
「なあ、夏って何かあるのか?」
鈴々莉の言葉がふと気になって、俺は再び鳥居に尋ねてみた。
「夏休み、学生、幽霊が出ると噂の廃病院……とくれば、考えられるのは?」
鳥居に問い返され、俺は乏しい頭をフル回転させて考え込む。
「……肝試しか?」
「当たり。霊の犠牲者が出る前に調べなきゃいけないのよ」
犠牲って、また大袈裟な。
そう思いつつも、周りのみんなの表情は本気そのものだ。アルバイトの面接まで受けておいて言うのもなんだが、幽霊なんて本当にいるのだろうか?
「映子。鈴々莉の絵を印刷所に届けておいてくれ」
「会議と並行して、もうデータ送っちゃいましたよ〜」
映子さんがおっとりとした笑みを浮かべ、キーボードから手を離して画面を提示してみせた。
「流石だな」
ジョーさんはニヤリと不敵に笑うと、咥え煙草を灰皿に押し付けて消し、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、出発は今日の20時にしよう。みんな出発までしっかり休んでおいてくれ。映子はすまんが、印刷所との最終確認を頼むな」
「大丈夫ですよ。車の中で寝ていきますから」
「映子さん、ごめ〜ん!」
「次からは、ちゃんと締め切りを守るようにね?」
映子さんに柔らかい笑顔のまま釘を刺され、鈴々莉さんは「うっ……」と声を詰まらせ、露骨に目を泳がせていた。
次々と決まっていく会話のスピード感にまったくついていけず、俺はおずおずと片手を挙げる。
「あの……俺も行っていいんですかね?」
「そのためのバイトだぞ。現場での重い荷物や撮影機材の運搬は任せたからな」
「はいっ!!」
ジョーさんに頼もしく言われ、俺は体育会系の習性で反射的に背筋を伸ばして返事をした。
こうして、俺の人生初のアルバイト――その最初の現場が決まったのだった。




