少女の戸惑いと女子たちの企み
⚪︎鳥居小夜視点
いつまでも顔の火照りがとまらない。意識していなくても、自然と口元がニヤけてしまうのをどうにも抑え込むことができなかった。私はそのまま、女性陣が着替えのために戻っていた車内へとそっと足を踏み入れる。
「小夜ちゃん、さっきは大丈夫だった?」
映子さんが、どこか心配そうな顔をして声をかけてくれた。自覚は薄いかもしれないけれど、自分のあの無防備な言動が発端だったという自覚はあるらしく、少し申し訳なさそうに駆け寄ってくる。――本当に、今度からはもう少し色々と自重してほしいものだ。でも、結果的になんだかすごく良い方向にまとまったから、良しとしようかな。
「はい、ご心配をおかけしました。今度、お詫びにケーキビュッフェを奢ってもらうっていうことで、無事に手打ちにしました」
琴さんがテキパキと戦闘服に着替えながら、そのやり取りに愉快そうに声を上げる。
「おっ、ええやんええやん! デートやん、思いっきり楽しんできいや!」
「やだなぁ琴さん、デートなんてそんな大袈裟なものじゃないですよ。ただ、矢木くんと二人でビュッフェに行って甘いものを食べるだけですから」
私は恥ずかしさを隠すように、少し苦笑いをしながらそう答えた。
――あれ? その私の返事を聞いた途端、なぜか目の前にいる映子さん、鈴々莉さん、そして琴さんの三人が、揃って不思議そうに首をかしげた。
「えっ? どう見てもそれってデートじゃないの?」
「そうそう、矢木っちも『可愛い』って、褒めてくれてるんでしょ?」
「これがデートじゃなかったら、いったい世間一般でこれを何て呼ぶねん」
――えっ? ええっ……? これって、デートなの? デートなんですかっ!?
「ど、ど、どうしよう……私、人生で一度もデートなんてしたことないよ……っ!」
一気にパニックになり、私は頭を抱えてその場で狼狽える。
「映子さん、デートって……一体当日どうすればいいんですか……!?」
私はすがるような、泣きそうな目で映子さんの腕にしがみつく。映子さんは、まるで大いなる母、あるいは女神のような優しい微笑みを浮かべると、そっと私の両肩に温かい手を置いた。そして、私の体をくるりと180度方向転換させ、そのまま背中をそっと押し出す。
「ごめんね小夜ちゃん、恋愛とかデートの極意とか、そういう実戦的なところは私、完全に戦力外だからさ……! 鈴々莉ちゃん、琴ちゃん、あとは若い子たちに頼んだわよ!」
そう言って、映子さんはあっさりと若者チームへ丸投げした。もう、映子さんは琴さんと一つしか違わないじゃない。
「もう、小夜ちゃんってば考えすぎだって! 当日はそんなに身構えないで、ただ一緒に美味しいものを楽しめばいいんだよっ!」
鈴々莉さんがケラケラと楽しそうに笑い飛ばす。なるほど、そんなに気負わなくてもいいものなのかと、少しだけ肩の力が抜ける。
「さすが鈴々莉ちゃん、言うことが堂に入ってるわね。なんだか百戦錬磨の貫禄だわ」
「ちょっと映子さん、それあんまり褒め言葉やないで」
「うーん、でもさ。こう言っちゃなんだけど、うち自身は彼氏とかいたことないよ? 声をかけられて二人で遊びに出かけたり、そういうお誘いのデートみたいなのをしたことはあるけどさ」
鈴々莉さんが、まったく気負った様子もなくあっけらかんと言い放つ。
――えっ、そうなの!? 私は思わず目を丸くして驚いた。それは映子さんも琴さんも同じだったらしく、車内の空気が一瞬で固まる。
「ホンマに!? 鈴々莉なんて、学生だった頃とか、めちゃくちゃモテそうやん?」
「うーん、なんていうか……自分のこういう見た目や派手なギャルの格好のイメージもあって、『遊び』のノリで軽ーく声をかけてくる人ばっかりだったしさ。そういうチャラい人たちと付き合うのは、なんか違うなって思っちゃうんだよね」
まあ、確かに鈴々莉さんのその派手なギャルのビジュアルや外見も、多少は影響しているのかもしれない。だけど、彼女のその意見やこだわりは、なんとなく同じ女としてすごく共感できる。私たち退魔士の名家の一族は、どうしても血筋や家柄を保つための政略結婚や縛りがつきまとうことが多いからなおさらだ。
「でもさー、そう考えると、矢木っちはなかなか悪くないんじゃない? 勘違いだって気づいたら、変なプライドとか張らずにすぐに真っ直ぐ謝りに来たしさ。すごく誠実そうだし、いざって時の霊力や戦闘力のセンスも申し分ないでしょ? 小夜ちゃんのお相手としては、めちゃくちゃピッタリだと思うけどなぁ」
鈴々莉さんが、ものすごい直球の鋭い意見をど真ん中に放ってくる。私は一気に顔が沸騰するように熱くなり、両手で自分の頬をパタパタと仰いだ。
「で、でも……矢木くんって長男だし、将来は実家の家業を継ぐって言ってたし……。私も一人っ子だし、そういう家の事情とか考えると……あ」
そこまで口走ってから、私は自分の失言にハッと気づいて両手で口を押さえた。
「――って、小夜ちゃんも、もうすっかりその気満々じゃないの〜っ!」
鈴々莉さんにニヤニヤと茶化され、私は頭から湯気を出しそうになりながら大慌てで手をぶんぶん横に振る。
「まっ、細かい家名とか血筋とか、そういう堅苦しいしがらみは一旦置いといてさ、せっかくの青春なんやから、まずは素直に楽しんできたらええんちゃう?」
見かねたのか、琴さんがニヤニヤしながら絶妙なタイミングで助け舟を出してくれる。私はその言葉に、こくこくと何度も力強く頷いた。
「うう……でも私、こういうお出かけに着ていくような可愛いお洋服とか、あんまり持ってないよ……」
「そこまで深く気負う必要なんてないと思うけどなー。でも、いざとなれば女の子の気合いも大事やしね」
琴さんは腕を組んで、少しだけ難しい顔をして考え込む。
「うーん、相談に乗るっていっても、私の普段着は基本的に動きやすいパンツスタイルばっかりやし、鈴々莉とはそもそもファッションの系統が違いすぎるし……映子さんは論外やからなぁ」
「ちょっと琴ちゃん、最後の一言はいらなくない!?」
車内の隅で映子さんが不満そうに抗議の声を上げる。
「あ、そうだ! だったら、まずは涼にそれとなく矢木くんの好みのタイプとか服装の趣味を探らせておこうか? それが分かったら、今度みんなで一緒に服を買いに行こっか!」
琴さんの名案に、鈴々莉さんが「それ大賛成!」と両手を叩き、映子さんも「あら、それなら私も賛成だわ、楽しそうじゃない!」と満面の笑みで同意する。
「みなさん……ありがとうございます。よろしくお願いします!」
私は胸がいっぱいになりながら、女性陣の面々に向けて深々と頭を下げるのだった。




