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【完結】私の婚約者は優秀なのですが、ときどきどこかおかしい〜人と熊を対立させて、一番得をするのは鮭だったようです〜  作者: 木風


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8/8

第八話 第一次熊鮭戦争終結

王宮の東屋。

ベアトリスは今日も紅茶を飲んでいた。

最近、ある能力が身についてきた。

オスヴァルトが何か言い出す前に、大体の内容が予想できるのである。


そして今日も案の定だった。


「ベアトリス」

「猪ですわね」


オスヴァルトは固まった。


「なぜ分かった?」

「経験ですわ」

「流石だ」


流石ではない。

ただの被害者である。


「それで?農地が荒らされたのですか?」


ベアトリスは先に聞いた。


「そうだ」

「地面を掘り返した?」

「そうだ」

「そして土木事業に介入している」

「その通りだ!」


オスヴァルトが立ち上がった。


「やはり君は優秀だ!」


違う。

もう予想できるだけだ。ダメな方向に。


「では説明しよう」


別に聞きたくはなかった。


「猪は地面を掘る」

「ええ」

「毎日」

「ええ」

「大量に」

「ええ」


オスヴァルトは王国地図を広げた。

何が何だかわからないほど、赤い印だらけだった。


「見たまえ」

「見ております」

「これは猪の目撃地点だ」

「そうでしょうね」

「問題はここだ」


オスヴァルトが指差した。


畑。

果樹園。

森。

川沿い。


至るところだった。


「何か共通点が見えないか?」


ベアトリスは眺めた。


「土がございますわね」

「その通り!」


オスヴァルトは机を叩いた。

逆に土がないところの方が少ないのだけど。


「彼らは土を狙っている!」

「猪ですもの」

「違う」

「違いますの?」

「土地だ」


始まった。


「猪は土を掘っているのではない」

「はい」

「測量しているんだ」

「はい?」


ベアトリスは聞き間違いを疑った。

しかしオスヴァルトは真剣だった。


「ここを見てほしい」


新しい資料が出てきた。

なぜそんなものを作ったのか……それは、誰にも分からない。


「猪の掘った跡だ」

「そうですわね」

「線になっている」

「偶然では?」

「道路予定地だ」

「違いますわ」

「未来の交通網だ」

「違うて」

「都市計画だ」

「だから、違うってば」


オスヴァルトは首を振った。


「人間はこれだから浅い」

「急に私が怒られましたわ」

「猪はもっと先を見ている」

「見ておりません」

「彼らは地形を変えようとしているんだ」

「芋虫でも探しているだけですわ」

「表向きはな」

「表向きとは」


その時、近衛騎士が慌ててやってきた。


「殿下!」

「何だ!」

「北方の農地で、また猪が畑を荒らしたそうです!」

「戻ってきた。戻ってきた。黄泉の国から戦士たちが帰ってきた」


謎のセリフを吐くと、オスヴァルトが立ち上がる。


「被害規模は!」

「かなり広範囲です!」

「やはり!」

「何がですの」

「大型公共事業だ!」

「違いますわ」

「予算も通していないのに勝手に着工した」

「猪ですわよ?」

「無許可工事だ」

「猪ですわ」

「違法造成だ」

「だから猪だってば」

「土木利権だ」


オスヴァルトは地図に赤丸を書き込んだ。

さらに横に。


【猪公共事業委員会】


と書く。

ベアトリスは頭を抱えた。


「何を書いておられるのです?」

「推定組織名だ」

「存在しませんわ」

「仮称だ」

「仮称でも存在しませんわ」


オスヴァルトは真剣に考え込んだ。


「だが妙だ」

「何がですの?」

「猿」

「はい」

「アライグマ」

「はい」

「そして猪。全員が土地に関わっている」


ベアトリスは少しだけ眉を上げた。

珍しく筋が通っているような気がしてくる。


「猿は都市へ進出しようとしていた」

「してませんわ」

「アライグマは空き家を押さえていた」

「押さえてませんわ」

「猪は土地を掘っている」

「それは……事実ですわ」


オスヴァルトは立ち上がった。


「つまり」

「つまり?」

「土地だ」

「土地ですわね」

「全て土地に繋がる……っ!まさか!」


オスヴァルトの目が鋭くなった。

真実に迫る時の顔だが、大体ろくなことにならない。


「彼らの背後にいるのは――」


来る。きっと来る。今度こそ、あのメロディとともに……

鮭が。

ベアトリスは確信した。


「鮭ですわね」


オスヴァルトは珍しく沈黙した。


やがて。

ゆっくりと首を横に振る。


「違う」

「違うんですの?」


ベアトリスは思わず立ち上がった。

鮭ではない。

だと?


「今回は鮭じゃない」

「そんなことがありますの!?」

「僕も最初は鮭を疑った」

「当然ですわね」

「だが違った」


オスヴァルトは新しい紙を取り出し、文字を書く。

そこには大きく。


【地面師】


その文字を見て、ベアトリスは数秒黙った。


「……急に現実的ですわね」

「そうでっしゃろ?」

「殿下の口調が変わったことが、一番怖いですわ」

「土地が人を狂わせるんだ」


オスヴァルトは満足そうに頷いた。


「ようやく真の黒幕へ辿り着いた」


ベアトリスは思った。

たぶん違う。たぶん猿もアライグマも猪も関係ない。

でも。鮭よりは遥かにマシだった。


その時、侍従が箱を抱えて現れる。


「殿下。北方領主様より、感謝の品が届いております」

「感謝の品?」

「先日の農地被害対策へのお礼とのことです」


オスヴァルトは箱を開けた。

そして、固まった。

ベアトリスも固まった。

中には見事な木彫りの置物。


逞しい熊のその口には、大きな鮭が。


長い沈黙が流れ、やがてオスヴァルトが呟く。


「……ベアトリス」

「はい」

「見たか」

「見ましたわ」

「熊が」

「ええ」

「鮭を咥えている」

「咥えておりますわね」


そして、オスヴァルトは静かに目を閉じた。


「鮭は敗北した」

「違いますわ」

「熊の勝利だ」

「ただの置物ですわ」

「鮭戦争終結の記念碑だ」

「ぷっ。あはっ、あははははははは!!」


ベアトリスは笑った。

作り慣れた完璧な淑女の微笑みではなく、口を大きく開けて。

もう止まらなかった。


「はー。おかしい!では殿下。今夜は、鮭のムニエルにいたしましょうか」

「ああ」


オスヴァルトも少し笑い、置物を見つめた。


「鮭にとっても、供養になる」

「なりませんわ」


こうして王国に平和は戻った。

少なくとも、しばらくの間は。


ただ一つ。

王太子執務室には今も、熊が鮭を咥えた木彫りの置物が飾られている。

誰もが北方領からの祝いの品だと思っている。


オスヴァルトだけが、それを『第一次熊鮭戦争終結記念碑』と呼んでいた。

そのたびに、ベアトリスは「もうええでしょう」と心の中で呟くのだった。

最後までお付き合いありがとうございました。

鮭に始まり、鮭に終わりました。

この国は悪役令嬢も聖女もいない、ざまぁも断罪も婚約破棄もなく、王太子殿下が鮭を疑う余裕があります。

たぶん平和です。

ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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