第76話:リンリーの事情
そろそろ日が暮れて来た。今のこの辺りの景色には夕焼けの光がよく映える。
「そのリンリーさん?は普段何して働いてるの?割と他の人の中では綺麗な格好だったけど…」
他の人がぼろぼろの服装の中、割とマシな服装だった。
「刺繍や裁縫の仕事だな。あまり収入にはならないから、他の仕事がしたいとは言っていた」
「その人って会えたりする?話をしてみたいんだけど…というか、ここの住民を一度このギルド前の広場に集めてもらうことってできないかな。1週間後とかでいいんだけど、商業エリアの人も含めて」
私がそう言うと、ギルマスが答えてくれた。
「俺たちは商業エリアのやつらとも顔なじみだし、集めるのは問題ないです。リンリーについてはどうだ?」
彼はそう言って狼の獣人を見た。
「あーまぁ…一応聞いてみる。その集会の前に会いたいのか?」
「うん。ギルド内のフローを整えてからでないと集まってもらっても意味ないし…」
その集会で私は仕事の受注について、衛生面の向上と商業エリアの居住禁止などを説明するつもりなのだ。
「わかった。それなら明日ここに来るように言っておく」
さっきからリンリーさんについては狼獣人が答えている。親しいのかな?
「ありがとう。昼過ぎくらいにお願い。
あと、ギルドの依頼にできるまでは、大衆浴場の湯沸かしと掃除を、ギルマスのパーティに頼んでもいい?
湯沸かしくらいはできると思うんだけど、高圧洗浄機とかは使い方わかんないと思うから、こっちから教えられる人を連れてくるよ。ちゃんと給料は払う」
咲さんあたりにレクチャーを頼めばやってくれるだろう。何せ彼女は獣人フェチ。喜んで接点を持ってくれるだろう。
「そうですね。今労働できるのは俺たちくらいでしょうからね」
ぐっ…ギルマスの何気ない一言が刺さる。
そこまで人々が弱っていたにも関わらず、商業エリアでは値切り交渉をしたり、米を買い漁ったり、これまでの所業が申し訳ない限りである。
私はロウくんたちに片付けたら適宜帰ってきてと指示を出し、好奇心の神のところに寄って仕事してるかを窓から確認し、その後咲さんの家に行って指導役を引き受けてもらい、自分の家に帰った。
つ、疲れた…もう連日家から出ている。信じられない。1歩も家から出ない生活が恋しい…その日はそのままこたつで泥の様に眠った。
翌日、昼過ぎにまた居住エリアに咲さんとハクちゃんと出向いた。
後宮出身の人と、ギルマスパーティの面々はすでに来ていた。
「咲さん、この方たちに風呂の掃除の仕方を教えて来て。掃除器具は全部銭湯と一緒だから」
さっきから咲さんは黒い狼獣人に興味津々である。
が、ギルマスと狼獣人はこちらに残った。どんまい!
私たちはギルド内に場所を移した。外では到着した炊き出しの準備をロウくんたちが始めている。
ギルド内は、正面に受付、右の壁に依頼を貼るボード、左側にはテーブルとベンチ、円卓や足の長い丸椅子のセットがいくつか設置してある。
私は後宮の人と壁際のテーブルに座った。ギルマスと獣人さんは背の高い椅子とテーブルにもたれかかって話している。
「さて、来てもらってありがとうございます。怠惰の神です。早速本題に入ると、ここの受付やってくれませんか?」
彼女は一拍置いてニコリと微笑んだ。
「理由をお聞きしても?」
ひゃー!なんか駆け引きっぽい!
「あなたは、後宮にいたのでしょう?文字の読み書き、計算は当然できるでしょう。そして何より他人を誘導する計算もできる。
私が大衆浴場を作ったけど、みんなが使うのを渋ってたとき、あなたはわざわざ声を出して『湯浴みができるのなんて後宮以来』って女性が食いつきそうな言い回しを使ったよね。
身なりも所作も綺麗だし、あなたに憧れる女性は多いはずだ。それを自覚してて、あぁやって言えば他の女性が動くってわかってたよね?」
彼女は一瞬、瞬きの回数が多くなり、左頬に手を当てて静かに答えた。
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。そのようなつもりはなかったのですけれど、でもみなさん、清潔な方が良いですものね」
やっぱり確信犯だ。絶対に頭がキレる人だ。
「まぁそんな訳で、基礎教養があって、他人を誘導したり駆け引きする能力があるあなたに頼みたいんだよね。
もちろん、あなた一人に任せる気はない。もう一人候補がいるから。
あと、嫌なら嫌で断ってもらって構わないよ」
「そうですわね、そのお話、謹んでお受けいたします」
彼女がそう言った瞬間、ずっとこちらに耳を向けていた狼獣人さんの耳がピクピクっと大きく動いた。盗み聞きしてるな。
「そんなにあっさり引き受けていいの?まだ給料の話とかしてないけど…」
彼女は今度は作り笑いではなく、にっこり笑って答えた。
「えぇ、だって私は見た目だけで選ばれたのではないのですもの。能力で選ばれた、これは光栄なことですわ。
後宮ではまずは見た目で帝の目に止まることが全てでしたから——」
「えっと…後宮では寵妃とかそう言う感じだったり…?」
「いいえ、皇后様の上級女官をしておりました」
なんと…!それはかなり地位の高い人なのでは…?人間時代に読んだ後宮の薬膳師とかそう言う漫画の知識しかないけども。
その時代の人が神隠しにあって今もこの若さで生きているということは、私とは違う世界線の人だろう。どこまで位の高さの感覚が一緒かはわからないが…
「何でこんなところに…?」
彼女なら他のエリアでも十分やって行けたはずだ。なぜこんなスラム街に…
と、その時、咲さんがギルドに入って来た。
「ご説明終わりました!夜にはお風呂入れると思います」
報告と共に、私の横に座った。
「ありがとうー!どうだった?」
咲さんが笑いながら答えた。
「みんな高圧洗浄機に夢中で隅々まで掃除してます。まだ新築だから綺麗なのに」
楽しんでいるなら何よりだ。
「あ、大事なお話中でしたか?私席外しましょうか?」
「いや、いいよ。このお方は後宮で皇后様の上級女官をされていた方だそうで、そんな人が何でこんなスラム街にいるのかって聞いてたとこ」
「へぇー!すごいですね。漫画の世界の人みたい」
感想のレベルが私と同じである。
しかし、よく考えたらあまり親しくないのに聞いていい話題でもない気がしてきた。
えっと…リンリーさんだっけ…リーリンさんだっけ…わからん!リンさんと呼ぼう!
「あの…リンさん、聞いておいてなんだけど話したくなければ話さなくても…」
私がそう言った瞬間、狼獣人の頭が少し下がり、毛が逆立った。
え…?あれは威嚇だよな…なんでぇ?やっぱ犬とは違う?
その様子を咲さんも一瞬ビクッとしながら見ていた。
彼女はまた頬に手を当て、気恥ずかしそうに「それは…ヴァルがいるから…」と答えた。
ヴァルって誰だ。
すると視界の端で狼獣人の尻尾が今度はぶんぶん揺れているのが見えた。あれは喜んでる仕草…のはず…
「…と、いいますと?ヴァルって誰?」
「あら、ヴァルったら!ごあいさつしてないの?ダメじゃない」
リンさんが狼獣人に向かってそう言った。
「あ、あなたヴァルって言うんだ」
私がそう言うと、不快そうな顔をされた。さっきから何なんだ?情緒不安定か?
思わず眉間に皺が寄り怪訝な顔になってしまう。
「凪さん!これはあれですよ!このふたり、できてますよ!」
咲さんに耳打ちされる。
「え!?何で?どっからそんな話が?」
「たぶん、『リン』さんも『ヴァル』さんも、ふたりだけの間の愛称なんじゃないですか?やけにあの獣人さんが反応してましたし!くぅうう羨ましい!」
咲さん、落ち着いてくれ。妄想癖が暴走してるぞ。
「あの…そのお方のおっしゃる通り、私はヴァルをお慕いしております。
ヴァルは、私がこちらに神隠しをされた頃から、私のことを気にかけてくれて…稼ぎも自分のことには最低限で、私の身の回りのために使って支えてくれました。
ヴァルが他の獣人と違って、人間よりも狼に近い見た目をしているのは、寒さを凌ぐために私に衣服を買い与えてくれるからなのです」
はー!そう言うことだったのか。
この世界の獣人は、だいたい人間の顔に動物の耳や尻尾、脚の形状、翼や羽などの特徴を残しているが、この狼の獣人は、狼が二足歩行しているだけみたいなものなのだ。
自分の衣服代をリンさんに回すために、自分は狼寄りに退化したってことか?そんなことできるのか…?
もしかして、獣寄りと人間寄りの2形態になれるとか?獣人の謎は多い。今度水神コンビに聞いてみよう。なんだか本人に聞くにはセンシティブな話題な気がするし…
「ヴァルが怠惰様に敬語を使わないのも、あの口の形状だと発音がしにくいからなので、ご容赦くださいませ。
ヴァルはギルたちと昔からここで生活の基盤をすでに築いていたので、私はヴァルがここにいる以上、離れる気にはならなかったのです。
そして、もっと良い仕事を探してヴァルの負担を減らしたいと前々から考えていたのです。
しかし、ヴァルがなかなか外に働きに出ることを許してくれなくて…自分が遠征中に何かあっても助けられないからと…」
「かぁーー!うらやまじいぃいぃ!」
咲さん、お酒入ってます?
「じゃあ尚更ここで働くことをお勧めするよ。ヴァ…狼さんもここに常駐するなりして、ギルド内を誰かしらに警護してもらう予定だったし」
「ふふ、ヴァル、それならいいでしょ?」
狼獣人の尻尾がぶんぶんしてるが、ぶっきらぼうに「あぁ」とだけ答えた。
「ツンデレー!尊い。推しカプだ…私はここの壁になりたい。そして毎日見守りたい…!」
誰かー!咲さんを止めてー!
読んでくださりありがとうございます!
咲さんは前は隠していた獣人好きを全開に出しましたね。本気で羨ましかったんでしょうね。
もし『ここが好き』『この場面笑った』みたいなのがあれば教えてください!
ブックマークしておくと更新通知が届くので、続きが気になってくれた方はぜひ。




