第39話:言葉と呪い
「ところで、その話…私が大勢を気絶させた黒歴史はどこから聞いたんですか?」
「アタシ、ここの銭湯の常連なのよ。神が集まれば情報も集まるからね。」
「お、女湯と男湯どっちに…?」
「男湯よ。当たり前でしょ。
とっても気持ちいいんだけど春エリアは真反対だから、ちょっと遠いのが難ありね」
————?
言葉の神が春?春は順応の神のエリアだ。
「冬の——呪いの神の傘下じゃなくて?」
意図せず、嫌悪感が混じってしまった。
だって、言葉は呪いだ———。
人間時代に母親からの罵詈雑言、クラスメイトや同僚たちからの「男たらし」、「調子に乗っている」という身に覚えのない悪評、妬み、歳を取れば「孤独で惨めな人」、散々私はがんじがらめになり、苦しめられてきた。
言葉の神は、少し悲しそうな顔をしながら、大きな手で私の頭をぽんぽんした。
なんだかオネエ特有の包容力を感じる。
「アナタ、散々言葉に苦しめられてきたのね。親や他の女どもから…ってとこかしらね?」
「え…?」
なんでわかる?
「アタシが言葉の神って言ったときから、この家の神獣ちゃんたちが、みんなアタシを警戒して、アナタを守ろうとしているんだもの。言葉がなくても伝わってくるわ」
よく見るとみんな耳をピンと立てて、こちらに向けている。
「アナタも知っての通り、言葉は凶器、他人を壊すことも容易いわ。でもそれは手段として言葉を使ったにすぎないのよ。
アタシは『言葉』の神だけど、本来的には伝えたい、共有したいっていう、群れで暮らす動物なら当然の感情からできているの。
弱い個体はどうしても、自分のところまで引きずり下ろしたい、自分の方が上だと分からせたい、知らしめたい。
そんなことのために、言葉を使うのよね———。
でもね、言葉を受け取らないという選択肢もあるのよ。
受け取らなければそれはただの音でしかないわ。そんな音で溢れかえっていたのなら、その場所がアナタに相応しくなかったってことよ。
ま、アタシは人間だったことがないからわからないけど。だからアタシは、呪いの神ではなくて、自分の居場所を見つけようとする順応の神の傘下なの」
なんで
なんでこの言葉を
生きている間に言ってくれる人がいなかったのだろうか。
いや、私が、いつからか人間をあきらめていたからか…
うつむく私の膝の上に、ムーンが乗って来た。
「たのもー!」
静寂が破られてハッとした。武神が今日もリベンジにきた。ドンとアッシュは今日は私の側から離れようとしなかった。
ムーンの頭を撫でる。
「大丈夫だから遊んでおいで!今日もボコボコにしてくるんだよ!」
私は笑顔で送り出した。
「ごめん、何か色々思い出してしんみりしちゃった」
そう言うと、言葉の神は「いいのよ、気にしないで」とフッと微笑み、お茶を飲んだ。
そして私はずっと気になっていたことを聞いた。
「ところで、何でマッチョでオネエなの?」
「い、今それ聞くの!?アンタ正気!?この流れで!?」
あまりに唐突だったのか、言葉の神はお茶でむせている。
え、だって…いつまでもしんみりしてても…ねぇ?
「登場の時点から気になって気になって。もろ文系の神なのに何でマッチョなの?もっとなんかこう…辞書を抱えたじいさんみたいなのを想像してた。」
「アタシは言葉の神だからこそね、言葉ではどうにもならないこともあるってことも、痛いほど知っているのよ」
言葉で分かり合えないなら力で解決するしかないというのはある意味真理なようだ。
「でもさ、言葉の神が戦うなら言霊を使えば良くない?要は、言葉に神力を乗せて、ぶっ放せばいいわけでしょ?」
「そんな発想はなかったわね…それにアタシが本気で言霊を使ったら強力すぎて本当に相手の存在を消しかねないし…」
「ふーん…じゃあオネエ言葉なのは?」
「男言葉と女言葉、両方守りたいのよ。こんなにはっきり分かれてるなんて面白いじゃない?」
とか言ってさっきロウ君に対しての言動には、真正のオネエ味を感じたのは私だけだろうか。
うちの子はやらん。絶対に。




