表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/34

【第8話】聖女様の晩餐と、闇から覗く深淵


 「……ふん。ようやく、まともな(かお)りがしてきましたわね。(どろ)()ねたような(にく)(かたまり)()いているわりには、(しょく)(よく)をそそるいい(にお)いだわ」


 和希(かずき)台所(だいどころ)で、リリシアは椅子(いす)にふんぞり(かえ)りながら、フライパンから(ひび)くジューシーな(おと)(はな)をひくつかせていた。


 (さき)ほどの激闘(げきとう)(やぶ)れたセーラー(ふく)(そで)には、咲季(さき)がどこからか()()した「(ねこ)ちゃん(がら)(ばん)(そう)(こう)」が()られている。(せい)(じょ)威厳(いげん)と、あまりにもミスマッチなその光景(こうけい)が、(ぎゃく)彼女(かのじょ)可憐(かれん)さを際立(きわだ)たせていた。


 「リリシア、そんなに()かすなよ。(なか)まで()(とお)さないとお(なか)(こわ)すだろ。……ほら、サラダも(おお)めに()っておいたから、(さき)にこれを()べてなさい」


 「……。なんですの、この(みどり)()っぱの(やま)は。(わたし)家畜(かちく)(なに)かと(おも)っているのかしら!? 

……むぐっ。……。……。……この『ごまドレッシング』という液体(えきたい)犯罪(はんざい)(てき)美味(おい)しさだわ。……。……べ、(べつ)に、貴方(あなた)()()けが綺麗(きれい)だから()べてあげているわけではないのよ!」


 リリシアはフォークを不器用(ぶきよう)(あやつ)りながら、レタスを(くち)(はこ)ぶ。その(ほお)がリスのように(ふく)らむたびに、足元(あしもと)にはキラキラと(かがや)く「(あい)のドロップ」がカランと(おと)()てて()ちていた。


 「……リリシア、ドロップが(かがや)きを()してるぞ。本当(ほんとう)に、このドレッシングを()()ったんだな」


 「……。なっ、ななな……! (なに)()ってるの!? これは、あまりの空腹(くうふく)(わたくし)(からだ)防衛(ぼうえい)本能(ほんのう)糖分(とうぶん)(はい)(しゅつ)しているだけよ! 貴方(あなた)料理(りょうり)()めているとかじゃないから……」


 リリシアは(かお)()()にして(さけ)ぶが、その(ひとみ)はフライパンの(なか)()(いろ)のついたハンバーグに釘付(くぎづ)けだった。


 「……。はい、お()たせ。和風(わふう)おろしハンバーグ、特盛(とくも)りだ」


 和希(かずき)湯気(ゆげ)()(さら)(なら)べると、リリシアの()宝石(ほうせき)のようにキラキラと(かがや)()した。咲季(さき)もまた、スマホを(かま)えながら「(せい)(じょ)(さま)(はじ)めてのハンバーグ実況(じっきょう)」を(しず)かに開始(かいし)している。


 「……。……。い……いただきます。」


 リリシアは(はし)格闘(かくとう)しながら、ようやく一口(ひとくち)サイズに()()けたハンバーグを(くち)(はこ)んだ。


 ――瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)全身(ぜんしん)硬直(こうちょく)した。


 (くち)(なか)(あふ)()肉汁(にくじゅう)と、大根(だいこん)おろしのさっぱりとした(ふう)()、そして和希(かずき)(かく)(あじ)()れた(すこ)しの愛情(あいじょう)――。


 「……。……。……っ!! ……。……こ、この料理(りょうり)……。……。()(おう)(たお)すための最終(さいしゅう)兵器(へいき)認定(にんてい)しましょう……。……こんなものを毎日(まいにち)()べさせられたら、(わたし)は、(わたし)(ほこ)(たか)(せい)(じょ)としての(たましい)が……貴方(あなた)という家畜(かちく)()()らされてしまうわ!!」


 リリシアは(なみだ)()(さけ)びながら、夢中(むちゅう)でハンバーグを頬張(ほおば)る。その足元(あしもと)からは、もはやカランカランという(おと)()()まない。(いろ)とりどりのドロップが(ゆか)()()くし、もはや(あし)()()もないほどだ。


 「……。リリシアさん、もういいわ。和希(かずき)くん、これ動画(どうが)のタイトル『()()けされる(せい)(じょ)(さま)』で()まりね。再生(さいせい)(すう)数十万(すうじゅうまん)(かた)いわよ」


 「咲季(さき)本当(ほんとう)投稿(とうこう)するなよ……。……でもリリシア、そんなに(よろこ)んでくれるなら、明日(あした)はオムライスでも(つく)ろうか?」


 「……。オム……ライス……? ……。……ふ、ふん! ()(まえ)からして低級(ていきゅう)そうな(ひび)きね! ……でも、まぁ、貴方(あなた)がどうしても(つく)りたいと()って()いて(たの)むなら、仕方(しかた)なく一口(ひとくち)くらいは(あじ)()てあげてもいいわよ」


 和希(かずき)微笑(ほほえ)みながら、彼女(かのじょ)()べっぷりを()(まも)った。


 夕食(ゆうしょく)()わり、咲季(さき)が「(わたし)今日(きょう)(つか)れたから、これくらいにしてあげるわ」と()(のこ)して帰宅(きたく)すると、部屋(へや)には和希(かずき)とリリシアの二人(ふたり)きりになった。


 リリシアは満足(まんぞく)そうにソファでくつろいでいたが、ふとした瞬間(しゅんかん)に、(まど)(そと)をじっと()つめた。その表情(ひょうじょう)からは、(さき)ほどの(にぎ)やかさが()え、(せい)(じょ)としての(きび)しさが(もど)っていた。


 「……カズキ。……。……昨日(きのう)()ったけど。……。この世界(せかい)は、あまりにも(しず)かすぎるわ。……()(りょく)というものが、空気(くうき)(なか)にほとんど(かん)じられないの」


 「……。……そうだな。(おれ)も、お前(まえ)()るまでは、魔法(まほう)なんて物語(ものがたり)(なか)だけの(はなし)だと(おも)ってたし」


 「……。……だからこそ、(こわ)いの……。あのシャドウ・ストーカーのような魔族(まぞく)が、なぜこの世界(せかい)に、それもこれほど正確(せいかく)(わたし)たちの位置(いち)(さぐ)()てて()られるのか……。……。……。……(なに)かが、(わたし)たちを……いいえ、この世界(せかい)そのものを『()べよう』としているような、そんな(さむ)()がするわ」


 リリシアは自分(じぶん)(ほそ)(うで)()きしめ、()(ぶる)いした。和希(かずき)は、そんな彼女(かのじょ)(なに)()えばいいか()からず、ただそっと(となり)(すわ)った。


 「……大丈夫(だいじょうぶ)だよ。リリシア。……(おれ)が、お前(まえ)一人(ひとり)にはさせないから。……。供給(パス)だって、必要(ひつよう)なら何度(なんど)でもする。……お前(まえ)(かえ)るべき場所(ばしょ)(かえ)れるまで……いや、お前(まえ)がいたいと(おも)えるまで、(おれ)(まも)るよ」


 「……。……。……な……。……。……。……ななな、(なに)()いだすのよ、この不潔(ふけつ)変態(へんたい)ジャガイモ!! ……。……。……(せい)(じょ)()かって『何度(なんど)でも供給(パス)をする』だなんて、それはもう実質(じっしつ)(てき)なプロポーズじゃないの!? 

……。……。……。……だ、大体(だいたい)(だれ)貴方(あなた)なんかに(まも)られたいと()いましたの!? (わたくし)(せい)(じょ)! 貴方(あなた)家畜(かちく)! この優先(ゆうせん)順位(じゅんい)間違(まちが)えないでくださいまし!!」


 リリシアは言葉遣(ことばずか)いもおかしな(こと)になるくらい(かお)()()にして()()がり、和希(かずき)指差(ゆびさ)して(さけ)()らした。だが、その(ひとみ)(うる)んでいて、(いか)りよりも(よろこ)びが(まさ)っているのは明白(めいはく)だった。


 カラン、カラン、カラン……。


 もはやドロップの(おと)がBGMのように部屋(へや)()(ひび)く。


 「……。……。……でも。……。……。……その……。……。……心強(こころづよ)いということだけは、(みと)めてあげてもいいわよ。……あくまで、非常(ひじょう)(しょく)としての信頼(しんらい)よ!!……」


 そう()(のこ)すと、リリシアは()げるように自分(じぶん)(あた)えられた部屋(へや)へと()()んでいった。


 一人(ひとり)(のこ)された和希(かずき)は、(ゆか)()らばった大量(たいりょう)のドロップを()つめ、溜息(ためいき)をついた。


 「……。……。……これ、どうやって片付(かたづ)けよう……。……ってか、一回(いっかい)供給(きゅうきゅう)()えすぎだろ……」


 和希(かずき)がドロップを(ひろ)(あつ)めようとした、その(とき)だった。


 ……。……。……。


 (まど)(そと)(つき)(ひかり)(とど)かない(くら)(やみ)(なか)


 伊邪那岐(いざなぎ)学園(がくえん)制服(せいふく)()た「(なに)か」が、無言(むごん)(いえ)(なか)()ていた。


 その(かお)には()(はな)(くち)もなく、ただ(なめ)らかな(はだ)(ひろ)がっている。だが、その中心(ちゅうしん)には、()(よう)発達(はったつ)した「(みみ)」のような器官(きかん)(うごめ)いていた。


 「……ギギ……。……()つけた。……。……『(おと)』……。……『供給(パス)』の(おと)……。……『ドロップ』の(おと)……。……。……。……(つぎ)は、(わたし)が……お前(まえ)たちの()(まく)を……()べてあげる……」


 その「生徒(せいと)」の姿(すがた)をした()(もの)は、(おと)もなく屋根(やね)から屋根(やね)へと()(うつ)り、(よる)(まち)へと()えていった。


 明日(あした)学校(がっこう)生活(せいかつ)は、今日(きょう)以上(いじょう)(さわ)がしく、そして危険(きけん)なものになることを、まだ(だれ)()らない。


(だい)9()(つづ)く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ