【第6話】夕暮れの接吻と、爆裂!聖女の鉄槌!
「……んんっ!? んぐぅっ……!」
和希の視界が、瞬時に黄金の輝きで埋め尽くされた。唇に伝わるのは、昨日よりもさらに熱く、そして心臓の鼓動を狂わせるほどに柔らかな感触。
リリシアの細い指先が、和希の学ランの襟を千切れんばかりに握りしめている。彼女の震えが、密着した体を通してダイレクトに伝わってきた。
ドクン、ドクンと、二人の鼓動が共鳴し、和希の体内を凄まじいエネルギーが駆け巡る。それは単なる「魔力」という言葉では片付けられない、命そのものの奔流だった。
「……。ぷはっ! ……はぁ、はぁ……っ! こ、これでもう……十分でしょう!? これ以上したら、貴方の血管が破裂して死ぬわよ、この欲張りジャガイモ!」
リリシアは息を切らしながら顔を離すと、顔から火が出そうなほど真っ赤になり、涙目で和希を睨みつけた。唇を噛み締め、素直になれない照れ隠しに、和希の胸をポカポカと乱暴に叩く。
「……。べ、別に、長くしていたかったわけじゃないわよ! ただ、あの門番の汚れが酷かったから、多めに注いであげただけだからね! 勘違いして鼻の下を伸ばしたら、その鼻を根元からへし折るわよ!」
「……分かってるって! でも、来た……! 今までで一番のパワーだ!」
和希の全身から、目も眩むような黄金のオーラが噴き出す。その光は、大蔵先生が持つ杖に絡み付いた黒い触手を、焼き焦がすように退けていった。
「う、うわぁぁっ!? 熱い! なんだ、この棒は! 神代、お前本当に何を仕込んだんだ! これは化学兵器か、それともテロか!?」
大蔵先生はパニックになりながら、暴れる杖を必死に押さえ込もうとしている。だが、彼の目には、和希から放たれる黄金の光も、リリシアが浮かべる聖なる紋章も見えていない。
ただ、一人の男子生徒が女子生徒と熱烈な抱擁を交わした後、奇声を上げて突進してくるようにしか見えていなかった。
「……先生、危ない! そいつを離してくれ! ルミナス・ディストラクション!!」
和希は叫びながら、大蔵先生の手から溢れ出そうとしていた黒い霧――魔族の残滓に向かって、光を纏った拳を叩きつけた。
――ズドォォォォォン!!
指導室の前で、見えない爆発が起こった。衝撃波が廊下を駆け抜け、窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる。
「ギギガァァァァァ……ッ!!」
杖に纏わり付いていたトカゲ男の怨念が、和希の放った聖なる一撃によって浄化され、断末魔とともに霧となって消え失せた。
黄金の杖は、本来の清らかな輝きを取り戻し、ゆっくりと大蔵先生の手から離れて宙を舞う。
「……。ふん、相変わらず荒っぽい事をするわね。貴方の無駄に熱苦しいエネルギーのおかげで、廊下が汗臭くなった気がするわ!」
リリシアは宙を舞う杖を鮮やかにキャッチすると、それを一振りして乱れた髪を整えた。
「……。でも、まぁ……。あの門番が闇に飲まれる前に間に合ったのは、貴方のおかげだと認めてあげるわ。あくまで、運が良かっただけですけどね!」
そう言って横を向くリリシアの頬は、まだ供給の熱が冷めやらないのか、赤く染まったままだった。
「……。……。……で、神代」
静寂が戻った廊下に、大蔵先生の地を這うような低い声が響いた。
「ひっ……! せ、先生、これはその……学園の平和を守るための緊急措置で……!」
「貴様ぁぁぁ!! 指導室の前で、しかも私の目前で、転校生に無理やりキスをするとは何事だぁぁぁ!! これは停学どころか、退学処分でも生温いわ!!」
「無理やりじゃないわ! 私から……じゃなくて、これは不可抗力よ、この石頭門番!」
リリシアが加勢するが、大蔵先生の怒りは頂点に達していた。無理もない、彼の目には魔族など一切見えず、ただただ和希がハレンチな暴挙に及んだようにしか見えていないのだ。
「問答無用! 神代、今すぐ親を呼べ! ……あ、いや、それより先に警察か!? それとも救急車か!? 私の心臓が止まりそうだ!」
「……。困ったわね。この男、話が通じないのかしら!?。カズキ、こいつの記憶を消すか、物理的に5分ほど気絶させてもいいかしら?」
「やめてくれリリシア! それこそ一生少年院から出られなくなる!」
絶体絶命の和希。そこに、カシャカシャと軽いシャッター音を響かせながら、救世主――あるいは死神――が歩み寄ってきた。
「……大蔵先生。そんなに怒鳴ると、血圧に良くありませんわよ?」
咲季が、無表情のままスマホの画面を先生に突き出した。
「咲季!? 頼む、先生を宥めてくれ……!」
「……。何だ、瀬戸際。貴様もこの不潔な現場を目撃していたのか! 証言しろ!」
「ええ、バッチリ録画しています。……でも先生、よーく見てください。この動画、和希くんが襲っているように見えますけど……実は、先生が持っているその『棒』が、急に火を噴きそうになったから、和希くんが体を張って先生を庇ったように見えなくもありませんわよ?」
咲季が見せた動画は、絶妙な手ブレとアングルによって、光の中で和希が必死に先生の方へ手を伸ばしているように(強引に)解釈できるものだった。
「……。さらに言えば、その棒から火花が出ていた事実が拡散されると……学校の安全管理責任が問われるかもしれませんね。……あ、もう掲示板にアップロードする準備はできていますけど」
咲季の指が「投稿」ボタンの上で怪しく光る。その瞳は、魔王よりも冷たく、そして残酷だった。
「……。……。……。……神代」
大蔵先生の額から、脂汗が流れ落ちる。
「は、はい……」
「……。……今の件は、無かったことにする。……いや、その……神代が、不慮の事故で転倒し、偶然そこにいた転校生と衝突した……。そして私は、それを目撃したが、特に問題はないと判断した……。……いいな?」
「……。はい! もちろんです先生! 先生は俺たちの命の恩人です!」
「……。ふん、情けない門番ね。咲季さん、貴方のほうがよっぽど『闇の魔術師』に向いてるわ」
リリシアは呆れたように肩をすくめたが、その手にはしっかりと取り戻した杖が握られていた。
大蔵先生はフラフラと千鳥足で指導室へと戻っていき、廊下にはようやく本当の静寂が訪れた。
「……。……助かった。咲季、お前は本当に神か悪魔のどちらかだな」
「失礼ね、和希くん。私はただの『有能な幼馴染』よ。……でもリリシアさん、さっきの『供給』、昨日より長かったわね。秒数にして約3秒の延長。……これ、ファンが見たら発狂ものよ」
「……。なっ、ななな……! 何を数えていますの、この変態女!!」
リリシアは再び顔を真っ赤にして叫んだ。その足元に、ジャラジャラと大量のドロップが溢れ出す。
「……。べ、別に、長くしたかったわけじゃ……さっきも言った通り、汚れが酷かったからで! カズキ、貴方も何か言いなさいよ! 貴方も嫌だったでしょう!? 私みたいな高貴な存在に触れられて、恐れ多かったでしょう!?」
リリシアは和希の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶる。だが、その瞳は泳いでいて、拒絶というよりは、自分の気持ちを必死に隠そうとする焦りが見え隠れしていた。
「……。……いや、まぁ。……その、助かったよ、リリシア。……ありがとな」
和希が少し照れながら、リリシアの銀髪にそっと手を置いた。昨日までは触れることすら躊躇われたが、共に戦い、そして「供給」を重ねるうちに、彼女との距離が少しずつ縮まっているのを感じていた。
「……。っ! ……気安く触れるなと言ってるでしょ、不潔ジャガイモ……」
リリシアは力なく呟くが、その手を振り払おうとはしなかった。夕陽に照らされた二人の影が、廊下に長く伸びて重なり合う。
「……。はいはい、そこまで。……和希くん、リリシアさん。杖も取り戻したことだし、そろそろ帰りましょうか? 晩御飯の材料、買って帰らなきゃいけないんでしょ?」
「あ、そうだった! リリシア、今日は何がいい? ハンバーグとか作れるけど」
「……。ふん、貴方の作る泥団子のような料理に選択肢なんてないわ。……でも、まぁ。……お肉が多めなら、少しは食べてあげなくもないわよ。……感謝なさい!」
リリシアは杖を背負い直し、一番先を歩み始めた。その足取りは、どこか軽やかで、嬉しそうに見えた。
和希と咲季は、そんな彼女の後ろ姿を追いながら、夕暮れの学園を後にした。
だが、その背後――。
無人になった指導室の鏡が、再び鈍く歪み始めていた。
魔王の刺客は、一人ではなかったのだ。
「……ギギ、見つけたぞ……勇者……。今度こそ、その命……奪ってくれるわ……」
不気味な囁きが、誰もいない廊下に溶けて消えた。
(第7話へ続く)




