【第4話】聖女様は校門を強行突破します!
「ちょっと、カズキ! この『自転車』という鉄の獣、殺意が高すぎるわよ! 私を振り落とそうとしているんじゃないの!?」
和希のママチャリの荷台に乗り、リリシアは銀髪を激しくなびかせながら絶叫していた。
「贅沢言うなよ! 二人乗りは校則違反なんだから、咲季に見つからないように裏道を通ってるんだ。……っていうか、しがみつきすぎだって、痛い痛い!」
リリシアの細い指先が和希の脇腹に食い込む。恐怖のあまり、彼女は「不潔ジャガイモ」と罵る余裕すらなく、必死に和希の制服を握りしめていた。
「……。ふん、勘違いしないでよね! これはあくまで、貴方を盾にして風を凌いでいるだけよ! 貴方の背中が意外と広くて安心するとか、そんなことミリ単位でも思っていませんからね!」
リリシアは顔を和希の背中に押し当てたまま、ツンとした声で言い放つ。その耳は、朝陽に透けて真っ赤に染まっていた。
カラン、と軽快な音を立てて、自転車の足元にピンク色の「愛のドロップ」が転がり落ちた。
「あ、また出た! リリシア、今の絶対にデレてただろ! 正直になれよ!」
「うるさいわよ! これは走行の振動による物理的な排出よ! 黙って漕ぎなさい、この足だけが取り柄の家ジャガイモ!」
和希は苦笑いしながらペダルを漕ぎ続けた。坂道を上がりきると、眼下には私立伊邪那岐学園の校舎が見えてきた。
しかし、校門の前には、仁王立ちで生徒たちの服装をチェックする「生徒指導の鬼」こと、大蔵先生が控えていた。
「……マズい。リリシア、その髪の色と杖は絶対に目を付けられるぞ。……」
その時、後ろから咲季が追いつく。
「咲季、何か対策はないのか!?」
和希が並走する咲季に助けを求めると、彼女は涼しい顔で自撮り棒を掲げた。
「何言ってるの。留学生だって紹介すればいいじゃない。……まぁ、和希くんが二人乗りを現行犯で見つかれば、必然的に事情聴取になるだろうけど」
「咲季……君、実は俺の不幸を楽しんでないか?」
「心外ね。私はただ、真実を記録しているだけよ。ほら、魔王を倒す聖女様が校門で補導される歴史的瞬間まで、あと30メートル」
咲季のカウントダウンに、和希の背中でリリシアがピクリと反応した。
「……なんですの、あの厳めしい顔をした門番は。カズキ、あいつも魔王軍の幹部じゃないの!? 私の『聖女としての勘』が、あの男から凄まじい圧迫感を感じ取ってるわ!」
「いや、ただの生活指導の先生だよ! でも、ある意味では魔王より怖い存在かもしれない……!」
ついに自転車が校門に差し掛かった瞬間、大蔵先生の鋭い眼光が和希たちを捉えた。
「こら! 神代! 二人乗りは禁止だと言っただろう! ……それに、後ろに乗っているその派手な生徒は誰だ! 地毛証明書は出しているのか!?」
雷のような怒鳴り声が響き渡り。周囲の生徒たちの注目が一斉に集まった。
「あ、いや、先生! これには海より深い事情が……!」
「問答無用だ! 神代、貴様は放課後に反省文……」
大蔵先生が歩み寄ろうとした、その時だった。リリシアが荷台から軽やかに飛び降り、先日、咲季に模造品といわれた。黄金の杖を突き出した。
「……黙りなさい、無礼者! この私を誰だと思っているの!? 私は聖女リリシア・セレスティア! 神の代行者にして、魔を討つ光ですわ!」
リリシアの高らかな宣言に、校門前が静まり返る。和希は頭を抱え、咲季は「いい絵が撮れたわ」と言わんばかりにシャッターを切り続けた。
「せい、じょ……? 神代、貴様ついに頭までアニメに浸食されたのか? そんなコスプレ同好会みたいな真似をして……!」
「コスプレではありませんわ! 私の威厳に平伏しなさい! ルミナス……ルミナス・ジャッジ……!」
リリシアが必殺技を叫ぼうとするが、魔力がないため何も起こらない。彼女は顔を赤くして杖を振り回すが、それはただの「変な棒を持った美少女」のパントマイムだった。
「……リリシア、もうやめてくれ! 俺の|HPが羞恥心でゼロになる!」
和希は必死にリリシアを羽交い締めにして、先生に平謝りした。
「先生、すみません! 彼女は……その、重度の『中二病』なんです! 親戚の子で、今日から転校生として来る予定なんです!」
「中二病……? ふん、神代と同じ病気か。全く、これだから最近の若い奴らは……。……まぁいい、手続きは校長から聞いている。だが神代、その杖は没収だ!」
「ええっ!? それは困ります! これがないと私はただの『超絶美少女』になってしまいます!?」
「自意識過剰だ、没収だ!」
結局、リリシアの黄金の杖は没収され、彼女は「私のアイデンティティが……」とがっくり肩を落とした。
しかし、その様子を見ていた咲季が、リリシアの耳元で何かを囁いた。
「……リリシアさん。あの杖、放課後に『奪還作戦』を実行すればいいじゃない。和希くんに手伝わせれば、きっとカッコいいところを見せてくれるわよ?」
「えっ……。あ、あの不潔ジャガイモが、ですか? ……ふん、そんなの期待していませんわ。でも、まぁ……。私の奴隷として、少しは役に立たせてあげてもよろしくてよ!」
リリシアは瞬時に復活し、和希を指差して高飛車に宣言した。
「聞きましたわね、カズキ! 放課後は私のために命を懸けて働きなさい! ……べ、別に、二人きりで冒険ができるからワクワクしているとか、そんなこと死んでも思っていませんからね!」
そう叫ぶ彼女の足元に、最大級の「愛のドロップ」がカランと転がった。
「……。和希くん、あの子、本当にチョロいわね。……さて、テストの時間よ。二人とも、補導されないうちに教室に行きなさい」
咲季の呆れたような、それでいてどこか楽しそうな視線に見送られ、和希とリリシアの学園救世主生活」が本格的に幕を開けた。
校舎の窓から見える空は、不気味なほどに青く、どこまでも澄み渡っていた。
(第5話へ続く)




