【第3話】断罪の儀式は、撮影禁止ですわ!
「……くっ、鏡から這い出してくるなんて、悪趣味な魔族ですわね! これだから下等生物は嫌いなのよ!」
リリシアは、咲季に着せられたセーラー服の短い裾を気にしながらも、和希の前に毅然と立ちはだかった。
鏡の向こう側から現れたのは、漆黒の鱗に覆われた不気味なトカゲ男――魔王軍の下級兵士だ。その手には錆びた短剣が握られ、ドロリとした粘液を床に撒き散らしている。
「ギギギ……見つけたぞ、聖女……。その魔力なき姿、ここで息の根を止めて……魔王様への手土産にしてくれるわっ!」
「うるさいわよ、この下等生物が! 魔力さえ潤沢にあれば、貴方なんて一瞬で消し炭にして、畑の肥やしにしてやるわ……!」
リリシアは高飛車な態度を崩さないが、その細い足は小刻みに震えている。それもそのはず、彼女の魔力残量は今やゼロ。生身の女の子と変わらない状態なのだ。
そんな彼女の細い肩を、和希が震える手で力強く掴んだ。
「リリシア、下がってろ! ここは俺が……勇者の血を引くこの神代和希が、命に代えても守ってみせる!」
「……な、何を言っているの、この不潔ジャガイモ! 貴方みたいな最弱個体が、魔族に勝てるわけないでしょう! 身の程をわきまえなさい!」
リリシアは顔を真っ赤にして和希を怒鳴りつけた。だが、その瞳には、自分を庇おうとした和希への隠しきれない動揺と、ほんのわずかな熱が混じっている。
「い、いいから、はやく私とパスを繋ぎなさい! 魔力がないと戦えないから、不本意だけど、この世の終わりみたいな気分で言っているんですからね! 勘違いしたら承知しないわよ!」
必死に早口で言い訳を並べながら、リリシアは和希のシャツをぎゅっと掴み、その顔を強引に引き寄せた。
その背後では、咲季がスマホのレンズを限界まで寄せ、冷徹極まりない声で実況を録音していた。
「はい、現在の時刻は午前7時15分。和希くんが謎の留学生と不純異性交際……というより、公然わいせつに近い行為に及ぼうとしています。証拠映像は4K画質で保存中です」
「咲季、本当にやめてくれ! これは世界の命運を懸けた、聖なるエネルギー変換なんだってば!」
「和希くん、その苦しい供述、少年課の取調室でたっぷり聞いてもらうわね。あ、リリシアさん、もうちょっと左に寄って。逆光で見えにくいわ」
絶体絶命の空気の中、トカゲ男がしびれを切らして舌をチロチロと出しながら襲いかかってくる。
「……ああもう! 外野がうるさすぎるわ! カズキ、目を閉じなさい! ジャガイモ菌が移る前に、一瞬で終わらせるわよ!」
リリシアは自ら叫ぶと同時に、和希の唇に自分のそれを勢いよく叩きつけた。
――ドクン!
昨日以上に激しい衝撃が二人を包み、視覚を奪うほどの黄金の光が六畳一間の部屋を満たした。
リリシアは肩で息を切らしながら顔を離すと、顔を耳の裏まで真っ赤にして、和希の胸ぐらを小刻みに震えながら掴み直した。
「……っ。い、今のは単なる魔力供給! 事務的な手続きなのよ! 『意外と悪くないな』とか、『リリシアの唇は甘い匂いがした』とか、絶対に思わないでよね! そんなこと考えたら、次は魂ごと浄化してしまうわよ!」
「いや、俺は何も口に出してないんだけど……。でも、おおお! 来た来た来た! 勇者のパワーが五臓六腑に染み渡るぞ!」
和希の体から放たれる、そして地球人には見えない黄金のオーラが、部屋の隅に転がっていた「あるもの」に宿った。
それは、サキが朝の「お目覚め水鉄砲」用に持ってきた予備の「透明ビニール傘」だった。
「カズキ、それを使いなさい! 今の貴方なら、その安っぽい棒でも聖なる武具として扱えるはずよ!」
「よしきた! この650円の聖剣で、異世界のゴミを掃除してやるぜ! 食らえ、トカゲ野郎! 必殺! ルミナス・ジャッジメント・アンブレラ!」
和希が黄金に輝く傘を鋭く突き出すと、そこから放たれた凄まじい光の奔流がトカゲ男の胸を直撃し、鏡の向こうへと弾き飛ばした。
「ギギェェェーッ!? バ、バカな、そんな貧弱な装備に、これほどの聖力が宿るはずが……ぐはぁっ!」
鏡がパリンと派手な音を立てて割れ、黒い霧とともに魔族は次元の彼方へと消え去った。
静寂が戻った部屋で、和希は折れ曲がったビニール傘を、あたかも伝説の聖剣であるかのように格好よく構え直した。
「ふっ……。やはり俺の勇者としての才能は、この世界の安物の傘すらも超越してしまうようだな」
「……和希くん。今のシーン、撮った動画で見返すと、本当に救いようがないわよ。必死な形相で傘を壁に|突き刺して、『ルミナスなんとか』って叫んでる……。おばさんに泣きつかれるわよ、私」
サキが見せてきた動画の中には、光も魔物も映っておらず、ただ朝から一人で傘を持って奇声を上げる和希の、痛すぎる日常が収められていた。
「う、嘘だろ……。俺の全霊力を込めた一撃だったのに、デジタルの壁は越えられないのかよ……」
「……ふん、当然でしょ。この世界の人には、魔力が引き起こす物理現象は見えないんですから。……でも、まぁ、その……」
リリシアは、ツンと明らかに不自然な角度で横を向きながら、耳まで赤く染めたまま、消え入りそうな小さな声で続けた。
「……貴方にしては、少しだけ……ほんの微粒子レベルで、頼りになった……と言ってあげなくもないわ。あくまで、私の身を守る盾としての性能の話ですけどね!」
そう言って、照れ隠しに和希の背中をポカポカと叩くリリシアの足元に、新しい「愛のドロップ」が2つ、カランと軽い音を立てて転がった。
「あ、またドロップ。……リリシア、今のは俺への『愛』の現れってことでいいのか?」
「な、何をバカな寝言を言ってるのよ! これは、咲季さんの『あまりの痛々しさに救いようがないと思う心』と、私の『不潔ジャガイモに触れられてしまった屈辱』の結晶に決まってるでしょ! 自惚れないでよね、この鈍感ジャガイモ!」
リリシアは顔を湯気が出そうなほど赤くして叫ぶと、和希の足を思い切り踏みつけて部屋から逃げ出した。
「……痛たた。和希くん、あの子、本当に大変そうね。……ま、私がしっかり見張っててあげるから安心しなさい」
「咲季……その『見張る』の主旨が、警察への通報準備じゃないことを祈るよ……」
和希は折れた傘を握りしめ、これから始まる嵐のような学園生活を予感して、深いため息をつくのだった。
(第4話へ続く)




