【第31話】双子の姉妹と新たな誓い
伊邪那岐学園の教室に、予鈴の音が響き渡る。窓から差し込む柔らかな陽光は、俺たちの複雑で、けれど確かな温かさを持つ日常を優しく照らしていた。
俺、神代和希の周りは、いつもと少しだけ違う空気に包まれていた。
俺の右隣には優雅に脚を組み座っているサキュバスの記憶と能力を隠し持つ異世界からの転生者、咲季。左側には俺が異世界から召喚してしまった聖女リリシア、そして正面には、元は敵だったが無機質ながらも俺を慕い忠誠を瞳に宿すステラが座っている。
そこに、ベルリナという新たな要素が加わった。
教室の扉が重々しく開き、担任に促されてベルリナが入ってきた。
その瞬間、教室の時間が止まったかのように静まり返った。
彼女の姿は、髪の色こそ違うが姉であるリリシアと驚くほど似ていたからだ。
流れるような金色の髪、深海を思わせるような透き通る瞳。
自己紹介を済ませた彼女が俺たちの席の前で足を止め、自然な仕草で席に座ると、周りの生徒たちの間に、ひそひそと噂話が広がっていく。
「あの子、リリシアさんの妹なんだって?」
「……何あの美しさ。姉妹そろって、別格すぎないか?」
そんな羨望の声も、ベルリナには届いていないようだった。
彼女はただ、一途な眼差しで、姉であるリリシアを見つめていた。
「お姉様。今日からは、ずっと一緒よ」
ベルリナのその言葉に、リリシアは目を細めて、嬉しそうに微笑む。
「ええ、本当に嬉しいわ。ベルリナが同じ学園に通えるなんて、前は夢にも思わなかったもの」
姉妹の間には、俺や他の誰も踏み込めない、絆の世界がある。
二人の手が、机の下で重ねられる。それは魔王の呪いを乗り越えた、二人だけにしかわからない確認の儀式のようだった。
……しかし、ベルリナの視線がふと俺へと移った時、その空気は一瞬で変わった。
冷たく、それでいて鋭い観察するような瞳。
「和希。……お姉様を取り込んだ、その手腕。私は、まだまだ認めたわけじゃないから」
ベルリナは、小声ながらも、確信を突くような口調で俺に囁いた。
俺は、苦笑を浮かべるしか無い。
姉であるリリシアを何よりも大切に思うからこそ、その姉の心に、自分以外の人間が大きな占有率を持つことに、彼女は複雑な感情を抱いてしまっているのだろう。
「ベルリナ、あまり意地悪を言うもんじゃないわよ」
リリシアが、少し困ったような顔で妹を窘める。
「だって……! お姉様は私の……」
ベルリナの声に、今度は咲季が、艶やかな笑みを含ませて割り込んでくる。
「あはは、ベルリナさんったら。嫉妬? それとも、姉妹の愛の方が強いって証明したいの?」
咲季は、指で唇を押さえながら、揶揄するように笑った。
彼女の挑発気味の言葉に、ベルリナは頬を膨らませる。
「咲季さんだって、和希のこと、本当は少し独占したいと思ってるんでしょう? ……私、感じちゃったわよ。咲季さんが見せる、甘い溜息の意味」
咲季の顔が、一瞬だけ、赤く染まる。
彼女は動揺を隠すように、俺の二の腕を強く抱き寄せた。
「……ベルリナさん、鋭いんだから。……そうよ、私だって、この人の心の中に、一番大きな場所を作りたいって、いつも思っているわ」
咲季の直球な愛情表現に、今度はリリシアが負けじと俺の左側に身体を寄せてくる。
「……咲季さんだけじゃありません。私だって、和希の心を、誰にも渡すつもりは……。あ……」
リリシアは、自分が言った言葉に、ハッと気づいて、耳まで赤く染めた。
姉妹と友人。和希を囲む少女たちの情熱が、教室の空気を、甘く、そして熱く変えていく。
そんな和気藹々とした空間に、ステラが無機質な冷たさを持ち込む。
「……解釈不可能。恋愛感情というデータは、何故ここまで、論理的な判断を鈍らせるのですか? …… ですが、ステラも、マスターの側を離れる予定は全くありません。マスター、次のテストでは、私の勉強みてくださいね」
ステラは、俺の机にしがみつき上目遣いぎみで微かな威圧感を放つ。
俺は、四人の強烈な愛情に挟まれ、今日の一日が終わる頃には、自分のHPが全く残っていないことを確信した。
黒板を見ると、担任は気の毒そうに、俺たちの席から視線を反らして、チョークを走らせていた。
先生にしてみれば、自分のクラスで起きている恋愛騒動など、見て見ぬふりをする以外に、平和を保つ方法は無いのだろう。
休憩時間に入ると、噂を聞きつけた他のクラスの生徒たちまでもが、俺たちの教室を覗きに来る。
「あそこだよ、転校生と、リリシアさんと、咲季さんと……」
「神代って、あのオタクだろ。なんであんなにモテてるんだ」?
「あんなに美女に囲まれて、心臓が持つのか?」
周囲の野次と羨望を浴びながら、俺は、机の上に顔を伏せた。
ベルリナが、そんな俺の姿を、少し心配そうに、けれどどこか面白がって見下ろす。
「何よ、この程度で疲れてるなんて。和希、魔王の手下たちと戦った時の、根性はどこへ行っちゃったの?」
「……あの戦いよりも、今のこの状態の方が、心への負荷が桁違いに高いんだ」
ベルリナは、俺の言葉に、クスクスと笑った。その笑い声には、もはや敵意は全く無い。
彼女の中にある、聖女の母性に似た愛なのか、姉を取られたくないという複雑な感情も、リリシアと俺たちの穏やかな日常に触れ続けるうちに、少しずつだが、純粋な姉への愛をとおして、俺への興味に、形を変えていこうとしているのかもしれない。
......だが......そう思ったのもつかのま......
ベルリナが、そっと俺のノートを覗き込む。
「……先生の話す内容、全然分からないわ。ほら、私に分かるように教えなさい。」
ベルリナが相変わらず上から目線で聞いてくる。
「リリシアも最初は同じだったけど頑張ってたぞ。今はとりあえず俺のノートを貸すからまとめかたを真似して黒板に書かれた文字を書いてみるといいよ」
「お姉様も......」
「そうだよ。でもベルリナも直ぐに慣れるよ。リリシアの妹なんだから。これからは俺が色々と教えていってあげるから何でも聞いてくれ」
その後も俺はベルリナの勉強を優しく教えていく。まるで妹ができたようで......嬉しかった。
「和希……手伝ってくれてありがとう。……姉様に負けないように、今日の授業のノートくらい、完壁に取って見せるわ」
ベルリナの手が、滑らかに鉛筆を動かし、黒板の内容を完璧なレイアウトで写し込んでいく。
......やっぱり似てるな......
二人のやり取りを見ていたリリシアが、安心したように、目を細めた。
「ありがとう、カズキ。……やっぱり貴方は最高の奇跡ね」
リリシアのその一言に、何とも言えない、甘くて温かな空気に包まれた。
誰もが、誰かを思い、誰かが、誰かを大切に思う。
この伊邪那岐学園の教室には、他では決して味わえない、特有の幸福の形が存在している。
俺たちの日常は、より複雑に、そして、より愛おしく色を変え始めた。
俺は、ノートをつけるベルリナの姿を眺めながら、心の中で、静かに誓った。
……何があっても、この場所と、この愛おしい四人を、守り抜。
今日という日が、何物にも代難い、一瞬の奇跡だということを、俺は、肌で感じていた。
午後からの授業も、きっと、こんな風に、騒がしくて、笑い声が溢れる時間になるのだろう。
俺は、胸の奥の、温かな高揚感と共に、顔を上げた。
ベルリナとリリシア、咲季、ステラ。
彼女たちの笑顔が、俺を力づけている。
強がりでも何でも無い。
本当の幸わせを、今、手に入れているんだと、改めて、確信していた。
……物語は、次なる季節を目指して動き出そうとしている。
次なる波乱が、どんな形をしていようとも、俺たちは、この絆がある限り、決して負けない。
(第32話へ続く)




