表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

【第28話】聖女の吐息と禁断の結晶


 (よる)(とばり)()り、神代(かみしろ)(てい)静寂(せいじゃく)(つつ)まれていた。以前(いぜん)激闘(げきとう)によって無残(むざん)破壊(はかい)された屋根(やね)(かべ)は、(いま)では何事(なにごと)もなかったかのように(もと)姿(すがた)()(もど)している。


 それは、和希(かずき)()()れた「(ひかり)のペン」の恩恵(おんけい)だった。和希(かずき)がペンを(はし)らせ、(こわ)れた箇所(かしょ)をなぞれば、空間(くうかん)そのものが(さい)構築(こうちく)され、傷跡(きずあと)(ひと)(のこ)さず修復(しゅうふく)される。この不思議(ふしぎ)修復(しゅうふく)仕組み(しくみ)こそが、(たたか)いを日常(にちじょう)へと()(もど)すための唯一(ゆいいつ)(くさび)となっていた。


 和希(かずき)自室(じしつ)椅子(いす)(ふか)腰掛(こしか)け、リリシアを召喚(しょうかん)したときのことを(おも)(かえ)天井(てんじょう)()つめていた。平和(へいわ)日常(にちじょう)。しかし、その裏側(うらがわ)では、()世界(せかい)から()彼女(かのじょ)たちの生命(せいめい)(おと)もなく(けず)()られていることを、(かれ)痛感(つうかん)していた。



「…… カズキ。(はい)るわね」



 (とびら)()こうから(とど)いたリリシアの(こえ)は、()()りそうなほどに(ほそ)く、(ふる)えていた。


 返事(へんじ)()たずに(ひら)いた(とびら)(さき)、そこには薄手(うすで)(きぬ)寝間着(ねまき)(まと)ったリリシアが()っていた。月光(げっこう)()らされた彼女(かのじょ)(はだ)幽霊(ゆうれい)のように(しろ)く、(かた)(あら)(いき)()いている。


「リリシア! どうしたんだ、その顔色(かおいろ)は……!」


 リリシアは(ちから)なく和希(かずき)(むね)(たお)()んだ。彼女(かのじょ)身体(からだ)(おどろ)くほど(つめ)たく、生命(せいめい)灯火(ともしび)(いま)にも(つい)えんとしていることが(つた)わってくる。


供給(きゅうきゅう)を……カズキ……」


 リリシアは(すが)るような(ひとみ)和希(かずき)見上(みあ)げ、(ふる)える指先(ゆびさき)(かれ)(うなじ)()()せた。これは生存(せいぞん)のための本能(ほんのう)であり、この魔力(まりょく)(みなもと)のない世界(せかい)における残酷(ざくこく)宿命(しゅくめい)だった。


 しかし、(くちびる)()()った瞬間(しゅんかん)生命(せいめい)渇望(かつぼう)瞬時(しゅんじ)烈火(れっか)のごとき情愛(じょうあい)へと変質(へんしつ)する。


「……っ……ん……ふ……」


 和希(かずき)内側(うちがわ)から(あふ)()生命(せいめい)エネルギーが、(くちびる)(かさ)ねるという儀式(ぎしき)(とお)してリリシアの体内(たいない)へと奔流(ほんりゅう)となって(なが)()む。


 リリシアは()()吐息(といき)(とも)に、和希(かずき)(した)貪欲(どんよく)(から)()り、(みずか)らの欠落(けつらく)()めるように(ふか)く、濃厚(のうこう)(つな)がろうとした。()じられた(まぶた)(うら)で、(つめ)たかった彼女(かのじょ)()沸騰(ふっとう)し、陶酔(とうすい)という()(ねつ)全身(ぜんしん)支配(しはい)していく。


 生存(せいぞん)という大義(たいぎ)名分(めいぶん)(もと)、リリシアの独占(どくせん)(よく)()()しになる。粘膜(ねんまく)(こす)れる(つや)やかな(おと)静寂(せいじゃく)(みだ)し、彼女(かのじょ)(ゆび)和希(かずき)背中(せなか)(つめ)()て、(はな)れまいと必死(ひっし)身悶(みもだ)えた。


「……ふ……あ……っ……カズキ……もっと……もっと、(わたし)()たして……」


 供給(きゅうきゅう)()たされたはずの(あと)も、リリシアは(はな)れようとしない。(さん)()不足(ぶそく)意識(いしき)朦朧(もうろう)とし、(のど)(おく)()るほどの熱烈(ねつれつ)求愛(きゅうあい)聖女(せいじょ)皮肉(ひにく)(かわ)きは、和希(かずき)(ねつ)(すす)ることでしか()えない中毒(ちゅうどく)へと昇華(しょうか)していた。


「……記録(きろく)。リリシアの魔力(まりょく)残量(ざんりょう)規定(きてい)()回復(かいふく)。これ以上(いじょう)接触(せっしょく)は、(たん)なる嗜好(しこう)(ひん)過剰(かじょう)摂取(せっしゅ)相当(そうとう)します」


 背後(はいご)から(ひび)いたステラの平坦(へいたん)(こえ)に、和希(かずき)(われ)(かえ)り、名残(なご)()しそうに(くちびる)(はな)した。


「ステラ、お(まえ)……いつから」


「……(つね)に、監視(かんし)しています。……(わたし)演算(えんざん)回路(かいろ)もまた、(ねつ)()っています。ですが、それは魔力(まりょく)不足(ふそく)ではなく……論理(ろんり)では説明(せつめい)のつかない、(むね)(おく)欠乏(けつぼう)です」


 ステラは無機質(むきしつ)(ひとみ)に、(かす)かな(かげ)宿(やど)して和希(かずき)()つめる。


「……(わたし)にも、(あい)を……供給(きゅうきゅう)してください。物理(ぶつり)(てき)なエネルギーではなく……(こころ)(つな)()めるための(くさび)を」


 彼女(かのじょ)(しぼ)()した切実(せつじつ)(ねが)い。その空気(くうき)(やぶ)るように、陽気(ようき)(わら)(ごえ)部屋(へや)(ひび)いた。


「あはは! 二人(ふたり)とも必死(ひっし)すぎ! ほら、和希(かずき)くんから(あふ)れた『(あい)』が、こんなに」


 窓際(まどぎわ)腰掛(こしか)けた咲季(サキ)が、足下(あしもと)(ころ)がる桃色(ももいろ)結晶(けっしょう)――「(あい)のドロップ」を指指(ゆびさ)した。リリシアとの濃厚(のうこう)交感(こうかん)によって()()された、純度(じゅんど)(ひゃく)パーセントの感情(かんじょう)エネルギー。


「んっ……ふふ、やっぱり和希(かずき)くんの『(あい)』は特別(とくべつ)だね。(のう)()けちゃいそう……」


 咲季(サキ)(まよ)わずドロップを()み、(くち)(ほう)()んだ。咀嚼(そしゃく)するたびに彼女(かのじょ)(ほほ)紅潮(こうちょう)し、背中(せなか)(つばさ)快楽(かいらく)(ふる)える。


咲季(サキ)さん! 勝手(かって)(つま)()いしないでください……っ!」


「えー、いいじゃない。リリシアだって和希(かずき)くんの『(なか)』をたっぷり味わ(あじわ)ったんでしょ? これくらい、お裾分(すそわ)けしてくれたって(ばち)当た(あた)らないわよ」


 咲季(サキ)挑発(ちょうはつ)(てき)(くちびる)舐め(なめ)和希(かずき)(ひざ)図々(ずうずう)しく(こし)下ろ(おろ)した。リリシアの眉間(みけん)苛立(いらだ)ちが()かぶ。


「……不快(ふかい)です。リリシアさんの過剰(かじょう)独占(どくせん)(よく)、および咲季(サキ)さんの無遠慮(ぶえんりょ)接触(せっしょく)。これらはマスターの精神(せいしん)衛生(えいせい)(あく)影響(えいきょう)(およ)ぼす可能性(かのうせい)(たか)いと判断(はんだん)します」


 ステラが無表情(むひょうじょう)のまま和希(かずき)(うで)()()せ、(みずか)らの胸元(むなもと)へと(みちび)く。冷淡(れいたん)()えて、その指先(ゆびさき)(かす)かに(ねつ)()び、(つよ)(ふる)えていた。


「ステラ、お(まえ)まで……」


「……。……和希(かずき)さま。リリシアさんには生命(せいめい)維持(いじ)という口実(こうじつ)がありますが、(わたし)にはそれがありません。……ですが、(わたし)のコアが、貴方(あなた)触れ(ふれ)られることを(つよ)切望(せつぼう)しているのです。これは故障(こしょう)でしょうか? それとも……」


 ステラの(うる)んだ(ひとみ)和希(かずき)射抜(いぬ)く。その()()ぐな(おも)いに、リリシアが()って(はい)った。


()ってください! (わたし)はまだ完全(かんぜん)には回復(かいふく)していません! カズキ、(わたし)……貴方(あなた)(ねつ)()いと、明日(あした)(むか)える自信(じしん)がありません……!」


 リリシアは和希(かずき)(くび)にしがみつき、(うる)んだ(ひとみ)(うった)える。その表情(ひょうじょう)慈愛(じあい)()ちた聖女(せいじょ)ではなく、ただ(あい)()えた(ひと)()乙女(おとめ)だった。


「あはは、修羅場(しゅらば)だねぇ。でも、和希(かずき)くんが(こま)ってるよ? ほら、ここは一番(いちばん)物分(ものわか)りのいいお(ねえ)さん――(わたし)一番(いちばん)(あい)(そそ)いであげなきゃ」


 咲季(サキ)和希(かずき)耳元(みみもと)(あま)吐息(といき)()らし、誘惑(ゆうわく)するように(むね)()()ける。


「お(まえ)ら、いい加減(かげん)にしろ……っ!」


 和希(かずき)赤面(せきめん)しながらも、彼女(かのじょ)たちのそれぞれに(こと)なる(あい)(かたち)(いと)おしく(かん)じていた。


 リリシアの、(いのち)()けた(おも)すぎる独占(どくせん)(よく)

 

 ステラの、自分(じぶん)(から)(やぶ)ろうとする純粋(じゅんすい)(おも)い。


 咲季(サキ)の、刹那(せつな)(てき)でありながら(しん)(とお)った情愛(じょうあい)


 和希(かずき)足下(あしもと)()らばるそれぞれのドロップを()つめ、その(ひと)つを()()った。


「……みんなの気持(きも)ちは、ちゃんと(とど)いてる。このドロップが、その(あかし)だろ?」


 和希(かずき)言葉(ことば)に、三人(さんにん)同時(どうじ)(くち)(つぐ)んだ。部屋(へや)には(あたた)かな余韻(よいん)(ただよ)い、(たが)いの鼓動(こどう)心地(ここち)よく(ひび)く。


 しかし、その(あま)やかな時間(じかん)を、冷酷(れいこく)殺気(さっき)()()いた。


 部屋(へや)(なか)空気(くうき)一瞬(いっしゅん)氷結(ひょうけつ)し、(にわ)から禍々(まがまが)しい魔力(まりょく)波動(はどう)()()ける。


「……!? この気配(けはい)……まさか!」


 リリシアの(かお)から()()()く。和希(かずき)たちは(はじ)かれたように(まど)(そと)――月明(つきあ)かりに()らされた(にわ)へと視線(しせん)()げた。


 そこに()っていたのは、リリシアと瓜二(うりふた)つの容姿(ようし)()った少女(しょうじょ)だった。しかし、その金色(きんいろ)(かみ)にはドス(ぐろ)(かげ)()し、(ひとみ)には漆黒(しっこく)()(もん)()()している。


「……ふん。相変(あいか)わらず、虫酸(むしず)(はし)るような(ぬる)空気(くうき)ね。お姉様(ねえさま)


 冷徹(れいてつ)(こえ)に、リリシアが(いき)()む。


「……ベルリナ!? どうして、また貴方(あなた)がここに……!」


 ベルリナと()ばれた少女(しょうじょ)は、魔王(まおう)(いき)()かった禍々(まがまが)しい()(じょう)地面(じめん)()()て、嘲笑(ちょうしょう)()かべた。


魔王(まおう)(さま)(めい)よ。その(おとこ)(ころ)し、そのペンを(うば)()る。……お姉様(ねえさま)貴方(あなた)(あい)(ささや)いている(あいだ)に、この世界(せかい)()わりを(むか)えるのよ」


 修復(しゅうふく)されたばかりの(うつく)しい日常(にちじょう)に、(じつ)(いもうと)という最悪(さいあく)のシナリオが(きば)()く。


 ((だい)29()続く(つづく)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ