【第26話】目覚めの食卓と新たな居候
神代家の朝は、かつてない喧騒に包まれていた。
「……。……よし、味付けは完璧だ」
和希は手際よくフライパンを振り、絶妙な半熟加減のプレーンオムレツを皿へと滑らせる。今朝の献立は、和希特製の洋食メニュー。香ばしいバターの香りが、食欲を激しく刺激する。
「……。……わぁ、すごい……! カズキ、貴方の作る料理は、聖なる加護が宿っているかのように輝いて見えるわ!」
食卓で目を輝かせるのは、異世界の聖女リリシアだ。
召喚されて来た当初は俺のことを泥まみれのジャガイモとか、悪意のある加工をされたようなツラ構えだとか散々な言いようだったけどそれも昔のことだな......。
「……。……ちょっとリリシア、大げさよ。でも、和希くんのオムレツが世界で一番美味しいのは事実だけどね」
隣では幼馴染の咲季が、当然のように自分の分の食器を並べていた。二人の間には、和希を巡る静かな火花が散っている。
だが、今朝はそこに、未知の第三勢力が加わっていた。
「……。…… おはようございます。マスター。……。今朝の室温は22.4度。湿度48%。……。最適な朝食環境を算出済みです」
「ちょっとアンタ!なんで居着いてるのよ!!自分の家に帰りなさいよ」
「咲季......お前もな。......」
銀髪を揺らしながら、ステラが現れた。彼女は図書室での事件後、負けて帰る場所がないと和希を主人」として慕い、神代家に半ば強引に居着いていた。
「……。……ステラ、お前、寝癖がすごいことになってるぞ。鏡を見る習慣も計算に入ろよ」
「……。……鏡による自己観測は効率が悪いため、省略しました。……。……あ、……」
和希に指摘され、慌てて整のえようとしたステラだったが、椅子に座ろうとして盛大に空振りし、そのまま床へと転がった。
「……。……きゃっ!?……。……重力加速度の計算を……誤りました……」
「……。……大丈夫か!?お前、意外と抜けてるよな……」
和希が苦笑しながら手を差し出すと、ステラはその手をぎゅっと握り、真っ赤な顔で立ち上がる。
「……。……マスター。この接触により、私の心拍数が120を超えました。……。これは未知のエネルギー供給――CHARGEと定義します。継続的な握手を希望します」
「……。……ちょっと!!さりげなく和希くんの手を離さないのはどういう計算なのよ、この理系女!!」
咲季が即座に食いつき、和希の腕を強引に自分の方へと引き寄せる。
「……。……瀬戸際咲季。貴方の行動は独占欲に基づく非論理的なものです。……。私はただ、マスターのバイタルを実測しているだけです」
「……。……実測にかこつけてカズキにベタベタ触らないでください!!」
リリシアも参戦し、食卓は一気に修羅場の様相を呈する。和希は溜息をつきながら、最後の仕上げのトーストを運んだ。
「「「「いただきまーす!!」」」」
和希の号令で、ようやく喧騒が収まり、四人での朝食が始まった。
「……。……ん~!カズキ、このオムレツ、中がトロトロで最高です!まるでお日様を食べているみたい!」
リリシアは聖女らしい優雅な仕草で、しかし猛烈な勢いで食事を進める。
「……。……本当ね。バターの分量も完璧。和希くん、お嫁に来てくれないかしら?」
「……。……逆だろ、逆」
二人の賞賛を聞きながら、ステラは真剣な面持ちでオムレツを口に運んでいた。彼女の手元には、なぜか小型の電子秤とメモ帳が置かれている。
「……。……成分分析。……。卵のタンパク質の熱変性が理想的です。……。……マスター、この料理には何か『特殊変異』を起こす触媒が使われていますか?」
「……。……触媒って、ただの愛情だよ。……。なんてな、隠し味に少しのマヨネーズを混ぜてあるんだ」
「……。……『愛情』。……。未知の波動ですね。……。……記録します。……。……あ!!」
メモを取ろうとしたステラが、勢い余って自分のコップを倒してしまった。オレンジジュースが机に広がり、ステラの制服を濡らしていく。
「……。……液体の拡散速度を制御……不能……。……申し訳ありません、マスター……。……私の演算にエラーが発生しています」
「……。……もう、お前は本当に……。ほら、じっとしてろ。拭いてやるから」
和希がタオルを手に、ステラの胸元に掛かった雫を拭き取ろうとする。その瞬間、ステラの瞳が潤み、和希の顔をじっと見つめた。
「……。……マスター。この距離……光の屈折により、マスターの顔が通常より30%増しで魅力的に補正されています。……。胸部の鼓動が限界値を突破しました」
「……。……そ、そうか。てか変な数字で褒めるなよ」
「……。…… カズキ?そこは私がやりましょうか……?」
「……。……そうよ、和希くん。デリカシーの無い男は嫌われるわよ。交代しなさい」
背後からのプレッシャーに、和希は冷や汗を流しながら手を引いた。
「……。…… マスターによる直接のメンテナンス……失敗……。……次回は流体力学を応用し、最適な位置へジュースを誘導します」
「……。……確信犯じゃないのよ!!」
咲季の突っ込みが冴え渡る。ステラはどこか満足げに、濡れた箇所を自分で拭いながら、最後のトーストを口にした。
「……。……結論を述べます。マスターの手料理を摂取することは、私の存在意義を再定義するに等しい重要事項です。……。今後、他の個体による調理を排除し、マスターの専属試食係を拝命したく」
「……。……ちょっと!!勝手に専属契約を結ばないで!!」
「……。……そうですよ、ステラさん。カズキの一番近くで毒味をするのは、私の役目です!」
「……。……毒味って人聞きが悪いだろ!!」
朝食が終わる頃には、四人の間に奇妙な連帯感と、それ以上に強烈なライバル意識が芽生えていた。
片付けを手伝おうとしたステラが、皿を重ねて運ぼうとして再び足を滑らせ、和希が文字通り身を挺して受け止めるという一幕もあり、神代家の床は常に危険な状態だった。
「……。……さて、そろそろ学校に行くか。ステラ、変な騒ぎを起こすなよ」
和希は溜息をつき、制服の襟を正した。
「……。……了解しました。……。…… マスターの隣を占有する確率を最大化するアルゴリズムを実行します。……。まずは教室内の座席配置を物理的に改変して――」
「……。……改変するな!!」
「……。…… カズキの隣は私のよ!!」
「……。……リリシア、何言ってるのよ。隣りは幼馴染の特等席よ!!」
玄関で繰り広げられる熾烈なポジション争い。和希は空を仰ぎ、これからの学園生活の前途多難さに頭を抱えた。
朱鷺克己という外敵を退けたはずの物語は、神代和希という引力に吸い寄せられた三人の少女たちによって、新たなる騒乱の章へと突入しようとしていた。
「……。……まあ、……賑やかなのは悪いことじゃない、か」
独り言を零し、和希は扉を開ける。
そこには、昨日までの虚構を打ち破った、最高にリアルで厄介な日常が待っていた。
(第27話へ続く)




