表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

【第17話】深淵の接吻と桃色の真実


 和希(かずき)姿(すがた)(かげ)(そこ)へと(しず)み、ベルナルドの高笑(たかわら)いと(とも)消失(しょうしつ)してから、どれほどの時間(じかん)経過(けいか)しただろうか。


 現実(げんじつ)には(すう)(びょう)にも()たない刹那(せつな)だったのかもしれない。だが、リリシアにとっては、永遠(えいえん)にも(ひと)しい絶望(ぜつぼう)(ふち)だった。


 「……。……。……あ、……あ、……」


 (ふる)える指先(ゆびさき)が、虚空(こくう)(つか)もうとして、くう()る。


 (のど)()けるように(あつ)く、視界(しかい)(なみだ)暗闇(くらやみ)()じり()って(ゆが)んでいく。昨日(きのう)までの幸福(こうふく)記憶(きろく)が、(いま)(するど)(やいば)となってリリシアの(こころ)(けず)()っていた。足元(あしもと)には、(おく)(ぬし)(うしな)ったネックレスが、(どろ)(まみ)れて(ころ)がっている。


 だが、世界(せかい)はリリシアの(なげ)きを()ってはくれない。


 ベルナルドの(のこ)した(むらさき)(いばら)が、戦意(せんい)(うしな)った獲物(えもの)仕留(しと)めるべく、意志(いし)()(へび)のように(かま)をもたげた。


 「……。……(あぶ)ないわよ、リリシア!!」


 鼓膜(こまく)(つんざ)くような(するど)(さけ)びとともに、背後(はいご)から(ひと)つの(かげ)()()した。


 リリシアの華奢(きゃしゃ)(かた)強引(ごういん)()()ばしたのは、咲季(さき)だった。


 直後(ちょくご)、リリシアがいた場所(ばしょ)を、(すう)(ほん)漆黒(しっこく)(いばら)(つらぬ)いた。石造(いしづく)りの校門(こうもん)飴細工(あめざいく)のように粉砕(ふんさい)され、轟音(ごうおん)周囲(しゅうい)(ひび)(わた)る。


 「……。……。……咲季(さき)……。……どうして……。……カズキが、……和希(かずき)がいないのに、(たたか)っても……(なん)意味(いみ)が……」


 リリシアの(ひとみ)からは生気(せいき)(うしな)われていた。昨日(きのう)()()れたばかりの「居場所(いばしょ)」を(うば)われた彼女(かのじょ)にとって、この世界(せかい)(ふたた)(いろ)(うしな)った荒野(こうや)()ぎなかった。


 「……。しっかりしなさい! ……。(わたし)大切(たいせつ)友人(ゆうじん)(きず)つけられたのよ。……。(いま)(わたし)猛烈(もうれつ)機嫌(きげん)(わる)いの。……。あんな気味(きみ)(わる)(いばら)野郎(やろう)に、二人(ふたり)まとめて()われるなんて御免(ごめん)だわ!」


 リリシアもまた、生存(せいぞん)本能(ほんのう)()かされるように(つえ)(にぎ)(なお)した。だが、(いっ)()()()そうとした瞬間(しゅんかん)全身(ぜんしん)(ほね)(きし)むような激痛(げきつう)が彼女を(おそ)った。


 「……。……っ、……ぁ、……!? ……。(ちから)が……。……。魔力(まりょく)が……、……()えて……」


 リリシアの体内(たいない)で、魔力(まりょく)()回路(かいろ)悲鳴(ひめい)()げていた。(せい)(じょ)であるリリシアの魔力(まりょく)は、勇者(ゆうしゃ)である和希(かずき)との「結合(けつごう)」によって供給(きゅうきゅう)され、循環(じゅんかん)することで維持(いじ)されている。供給(きゅうきゅう)(げん)である和希(かずき)()えた(いま)、リリシアの(いのち)灯火(ともしび)は、燃料(ねんりょう)()たれたランプのように、急速(きゅうそく)(ほそ)くなっていた。


 「……。……はぁ、……はぁ……。……だめ、……だわ。……。カズキ……、……あなたの、(たましい)(あい)を、……(ねつ)(そそ)が……ないと……(わたし)は……」


 リリシアの(はだ)から(あか)みが()き、陶器(とうき)のように(しろ)く、(つめ)たくなっていく。指先(ゆびさき)から(くず)()ちるように(たお)()んだリリシアの(からだ)を、咲季(さき)間一髪(かんいっぱつ)()()めた。


 「……。リリシアさん! ……。……。……これ、本当(ほんとう)不味(まず)いわね。和希(かずき)くんがいないだけで、こんなに(もろ)いなんて。……。供給(きゅうきゅう)さえあれば、(うご)けるのね?」


 「……。……咲季(さき)……、……()げ……なさい……。……。貴女(あなた)まで、……カズキの……大切(たいせつ)(とも)(だち)まで、……(うしな)うわけには……」


 リリシアの途切(とぎ)途切(とぎ)れの言葉(ことば)を、咲季(さき)(はな)(わら)って()(なが)した。


 「……。()げるわけないでしょ。……。(わたし)の『最高(さいこう)素材(そざい)』を、ここで(くた)らせるわけにはいかないの。……。仕方(しかた)ないわね。……。内緒(ないしょ)にしておきたかったけれど、()しの()(がお)(おが)むのは、(わたし)のポリシーに(はん)するわ」


 咲季(さき)(ひとみ)が、(あや)しく桃色(ももいろ)(かがや)きを()えた。


 冷淡(れいたん)だったはずの彼女(かのじょ)雰囲気(ふんいき)が、一変(いっぺん)する。全身(ぜんしん)から(あふ)()すのは、(こころ)(とろ)けるような、(あま)く、危険(きけん)芳香(ほうこう)彼女(かのじょ)背後(はいご)には、幻影(げんえい)のような蝙蝠(こうもり)(つばさ)一瞬(いっしゅん)だけ()ばたき、その頭上(ずじょう)には(さか)さまのハートが(かたち)(づく)られた。


 「……。()()じて。……。(わたし)の『(あい)』を、貴方(あなた)()けてあげる」


 リリシアが()見開(みひら)()もなかった。


 咲季(さき)(やわ)らかな、そして(あつ)(くちびる)が、リリシアの(かわ)いた(くちびる)容赦(ようしゃ)なく(かさ)なった。


 「……。……んっ!? ……。…………っ!!」


 リリシアの全身(ぜんしん)に、稲妻(いなずま)のような衝撃(しょうげき)(はし)った。


 和希(かずき)供給(きゅうきゅう)が、荒々(あらあら)しくも純粋(じゅんすい)な、生命(せいめい)そのものの(ほとばし)りだとするならば、咲季(さき)のそれは(まった)(こと)なっていた。(ふか)(うみ)(そこ)(しず)められるような、(あらが)(がた)情愛(じょうあい)と、濃密(のうみつ)魔力(まりょく)濁流(だくりゅう)


 ()()て、亀裂(きれつ)(はい)っていたリリシアの魔力(まりょく)回路(かいろ)が、その(あま)(どく)によって(またた)()修復(しゅうふく)されていく。血管(けっかん)()(めぐ)魔力(まりょく)が、リリシアの(ひとみ)(あざ)やかな色彩(しきさい)()(もど)させた。


 「……。ふぅ。……。……(おどろ)いた? ……。……上手(うま)くいってよかったわ。……。これでも(わたし)十七(じゅうなな)(ねん)もこの世界(せかい)(いつわ)りの女子(じょし)高生(こうせい)をやってきたのよ」


 (くちびる)(はな)した咲季(さき)は、呆然(ぼうぜん)とするリリシアを尻目(しりめ)に、不敵(ふてき)微笑(ほほえ)んだ。


 「……。咲季(さき)、……貴方あなた(いま)魔力(まりょく)は……。……。……それに、(いま)背後(はいご)()えたのは……」


 「……。ええ、()(とお)りよ。……。(わたし)正体(しょうたい)は、(あい)(かて)とする魔族(まぞく)――サキュバス。……。十七(じゅうなな)(ねん)(まえ)、この和希(かずき)くんの(いえ)(となり)(すむ)平凡(へいぼん)夫婦(ふうふ)(もと)に、記憶(きろく)()ったまま転生(てんせい)して()まれ()ちたのよ」


 咲季(さき)淡々(たんたん)と、だがどこか(なつ)かしむように(かた)(はじ)めた。


 「……。だから、この世界(せかい)(ことわり)から(はず)れた事象(じしょう)には、最初(さいしょ)から(おどろ)かなかった。……。リリシア、貴方(あなた)がこの世界(せかい)降臨(こうりん)した瞬間(しゅんかん)も、和希(かずき)くんが『勇者(ゆうしゃ)』の()目覚(めざ)めさせた瞬間(しゅんかん)も、(わたし)はすべて()っていたわ。……。なぜなら、(わたし)はこの世界(せかい)()(なが)らえるために、『(あい)のドロップ』を必要(ひつよう)としていたから」


 リリシアは()(まる)くした。


 「……。……! ドロップを(あつ)めていたのは、……(わたし)だけではなく……!」


 「……。ええ。……。(わたし)のようなはぐれサキュバスにとって、この魔力(まりょく)(うす)世界(せかい)は、(つね)飢餓(きが)との(たたか)いなの。……。リリシアが()るまでは、(まち)一般(いっぱん)(じん)たちの(あわ)感情(かんじょう)(ひそ)かに()いて、一日(いちにち)(ひと)つ、(ふた)程度(ていど)のドロップを(つく)るのが限界(げんかい)だったけれど。……。でも、貴方(あなた)たちは(ちが)ったわ。……。()世界(せかい)(こう)純度(じゅんど)感情(かんじょう)から()まれるドロップは、(わたし)にとっての『至高(しこう)晩餐(ばんさん)』だったのよ」


 咲季(さき)言葉(ことば)には、冷徹(れいてつ)観察(かんさつ)(しゃ)としての(ひび)きと、共犯(きょうはん)(しゃ)としての親愛(しんあい)()ざり()っていた。


 「……。リリシア、勘違(かんちが)いしないで。……。(わたし)(あい)(あやつ)ることはできるけれど、自分(じぶん)()み出したドロップを自分(じぶん)()べることはできないの。……。だから、貴方(あなた)が必要だった。……。貴方(あなた)和希(かずき)くんに(いだ)く『本物(ほんもの)』の恋心(こいごころ)こそが、(わたし)(いのち)(つな)(かて)だったのよ」


 「……。……。……()えない(おんな)ね。……。……でも、……どうして和希(かずき)供給(きゅうきゅう)が、……貴方(あなた)(くち)づけで代用(だいよう)できたの?」


 リリシアが(あか)みが()した(ほほ)()さえながら()う。


 「……。サキュバスの本能よ。……。(わたし)魔力(まりょく)は『(あい)』を触媒(しょくばい)にして変質(へんしつ)する。……。(いま)(わたし)の中には、十七(じゅうなな)(ねん)()()んできた、ある『(おも)い』が()まっているから。……。それを使えば、和希(かずき)くんの()わりに貴方(あなた)回路(かいろ)()たすことくらい、造作(ぞうさく)もないわ」


 「……。……ある(おも)い?」


 「……。……さあ、(なん)のことかしら」


 咲季(さき)視線(しせん)()らした。


 (あか)(ぼう)(ころ)から、和希(かずき)という存在(そざい)には彼女(かのじょ)魅了(みりょう)(ちから)(まった)通用(つうよう)しなかった。サキュバスとしてのプライドをズタズタにされながらも、彼女(かのじょ)はいつしか、(ちから)(たよ)らない「本当(ほんとう)(きずな)」を(かれ)見出(みいだ)していたのかもしれない。だが、それを(くち)にすることは、彼女(かのじょ)傲慢(ごうまん)さが(ゆる)さなかった。


 「……。……。和希(かずき)くんを(たす)けに()くわよ、リリシア。……。(わたし)の『最高(さいこう)定食(ていしょく)()』を、あんな(くら)場所(ばしょ)()()めておきたくないの。……。これ以上(いじょう)(わたし)()えさせないでちょうだい」


 「……。……。……相変(あいか)わらず()(かた)(はら)()つわね。……。……でも、貴方(あなた)(ねつ)は、(たし)かに(つた)わったわ」


 リリシアが力強(ちからづよ)(つえ)()()ろすと、咲季(さき)桃色(ももいろ)魔力(まりょく)(せい)(じょ)黄金(おうごん)(ひかり)()ざり()い、虹色(にじいろ)奔流(ほんりゅう)となって(まち)(おお)(いばら)()()ばしていく。


 「……。()きましょう! ……。(せい)(じょ)と、……稀代(きだい)悪女(あくじょ)二人(ふたり)がかりですわ。……。和希(かずき)くんを(うば)ったこと、()()って(つぐな)わせてあげるわよ!」


 (ふた)()少女(しょうじょ)は、(くず)れゆく日常(にちじょう)境界(きょうかい)へと、(まよ)いなく()()んだ。


 ((だい)18()続く(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ