【第11話】折れた杖とオタクの知恵
「……。はぁ。何という無様な姿なの……。私としたことが、聖女の象徴の杖を折ってしまうなんて。……。……。これはもう、聖女失格だわ。……。不潔ジャガイモの嫁修行でもするしかないわね……」
私立 伊邪那岐学園、放課後の屋上。リリシアは、真っ二つに折れた黄金の杖を膝の上に置き、深いため息をついた。昨夜の「偽・聖女伝」との決戦で、無理な魔力運用を行った代償は、あまりにも重かった。
和希は、彼女の隣に座り、手に持ったスマートフォンを操作しながら、必死に画面を操作していた。そこには、数多のファンタジー作品における「武器修復」の事例がリストアップされている。
「変なこと言うなよ、リリシア。……。お前が聖女失格なわけないだろ。……。……。それに、最後の冗談は笑えないぞ。……。嫁修行なんて、俺の心臓が持たないから止めてくれ」
「……。なっ……! ……。だ、誰が冗談だと言ったのよ! ……。私は真剣に、この世界での余生を考えて……。……。……。……はぁ。……。もういいわ。……。魔力も練れず、杖も無い。……。今の私は、ただの『美少女』に過ぎないのよ」
リリシアは自嘲気味に笑い、折れた杖をそっと撫でた。かつては神の加護を感じさせたその手触りも、今はただの冷たい金属の塊のようだった。
不安と孤独が、彼女の体内の魔力を曇らせている。
「……。決めた。……。リリシア、その杖、俺に預けてくれ」
「……。は? ……。貴方に預けてどうなるのよ。……。分解して、中のゼンマイでも調べるつもり?」
「ゼンマイなんて入ってないだろ! そんなの何処で覚えて来たんだよ……。……。……いいから。……。俺を信じろ。……。……。お前を召喚した男だぞ。……。……。杖の一本くらい、オタクの意地で何とかしてやる」
和希の真剣な眼差しに、リリシアは毒気を抜かれたように瞬きをした。
「……。……。ふん。……。勝手になさい。……。……。どうせ、もう壊れているんだから。……。……。……でも、もし直せなかったら、一生ジャガイモとして私の下僕になってもらいますからね!」
「……。ああ、望むところだ」
和希は折れた杖を大切に布で包み、自分のリュックに入れて持ち帰った。
その夜。和希の部屋は、怪しげな工房と化していた。
机の上には、電子工作用のハンダごて、特殊な樹脂、そして彼が心血を注いで集めてきた「魔石」の代わりとなる希少な鉱石の標本が並んでいる。
「……。……。理屈は分かっている。……。……。リリシアの杖が折れたのは、この世界の法則と、異世界の魔力が衝突した結果だ。……。……。だったら、その接合点に、この世界のテクノロジー)を介入させればいい……」
和希は、プラモデル製作で培った精密な指先の動きで、杖の断面を加工していく。
彼が考えたのは、「魔力のバイパス」だった。
本来、神の加護を通すための回路が壊れたのなら、そこに自分の「勇者の血」と「オタク的なイメージ」を増幅させるための、科学的な集積回路を組み込むという、前代未聞の試みだ。
「……。……。……行け。……。繋がれ。……。……。俺の情熱を、リリシアの光に変えるブリッジになれ!!」
深夜、和希の部屋から、微かな青い火花が飛んだ。
翌朝。リリシアが和希の部屋の扉を乱暴に開けると、そこには机に突っ伏して眠る和希と、その傍らに置かれた「異形の杖」があった。
「……。カズキ? ……。……。……起きなさい、この居眠りジャガイモ! ……。……。……っ、これは……!?」
リリシアが手に取った杖は、元通りに繋ぎ合わされていた。しかし、その接合部には、まるで現代アートのような複雑な模様の基盤と、虹色に光る光ファイバーが巻き付いていた。
「……。……ん……。……。……あ、リリシア。……。起きたのか」
「……。何なの!?、このサイバーな杖は!! ……。私の神聖な聖杖が、何だか近未来の武器のようになってしまってるじゃない!!」
「……。……。へへ。……。……。名付けて『聖杖・リリシア・マーク・ツー)』。……。……。お前の魔力と、俺たちの供給を効率よく変換するための専用アタッチメントだ。……。……。試しに、振ってみてくれよ」
リリシアは半信半疑のまま、新しくなった杖を構えた。
その瞬間。
和希が何もしていないのに、リリシアの指先から、心地よい微熱が杖へと流れ込んでいく。
「……!! ……。……魔力が。……。……何もしていないのに、私の体から、力が溢れてくる! ……。しかも、前よりもずっと……ずっと『素直』な力だわ!」
リリシアが杖を一振りすると、部屋の中に、音もなく純白の光の羽根が舞い散った。
「……。……。成功だ。……。……。……お前の体内に残っていたわずかな魔力を、その回路がこの世界の電気信号のように増幅させてるんだ。……。……。これで、供給がなくても少しは魔法が使えるはず……」
「……。……。……。……。……。……カズキ」
リリシアは、折れた杖を必死に繋ぎ合わせてくれた和希の、クマの浮かんだ目と、傷だらけの指先をじっと見つめた。
カラン、カラン、カラン。
黄金色の結晶が、彼女の足元に零れ落ちる。それは、これまでのどんなドロップよりも甘く、そして温かい輝きを放っていた。
「……。……。……。……馬鹿……、貴方に……。……。……こんな不潔ジャガイモに、ここまで尽くされる筋合いはないわ。……。……。……。……。……でも、まぁ。……。……。……この杖、……悪くない……。万分の一どころか、……千分の一くらいは、愛でてあげてもいいわよ」
リリシアは顔を赤くして、新しくなった杖を胸に抱きしめた。
だが、安堵の時間は長くは続かなかった。
「……。二人とも、朝から随分と熱いわね。……。でも、のんびりイチャついている暇はなさそうよ」
咲季が、ベランダからカメラを構えながら、冷たい声で告げて入ってきた。
「咲季!? お前、いつから……」
「……。和希くんがハンダ付けに失敗して、泣き言を言っていたあたりから。…………それより、見て。学園の方から、変な煙が上がっているわよ」
和希とリリシアが窓から身を乗り出すと、遠くにある学園の校舎が、黒い霧に包まれていた。
それは、昨夜の「偽物」の残滓が、さらなる形を変えて増殖した姿のようだった。
「……。……。……結界の歪みが、学園そのものを『魔界』に変えようとしてるんだわ……。……。……カズキ、行くわよ!!」
「……。ああ! ……。お前の新しい力、魔王の残党に見せつけてやろうぜ!!」
二人は部屋を飛び出した。
学園に到着すると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
生徒たちが、自分たちの「恥ずかしい過去」や「隠したい秘密」を、実体化した「黒い文字」に追いかけ回されているのだ。
「……。……。……なっ、あれは……俺の黒歴史ノートの記述!? ……。止めろ! それを音読するのは止めろぉぉぉ!!」
一人の生徒が、宙を舞う「自作のポエム」に包まれ、悶絶している。
「……。……。……卑劣だわ! ……。人の心を抉るなんて、魔族のやりそうなことね! ……。カズキ、供給ですわ!! ……。この新しい杖の真の力、見せてやるわよ!!」
「……。ああ、分かった!!」
和希はリリシアの背中を支え、彼女の首筋に唇を寄せた。
――瞬間。
新しい杖の回路が、眩い虹色に発光した。
「……!! リミット・オーバー・ホーリー・パッチ!!」
リリシアが杖を地面に突き立てると、そこから「文字」を消去するための「黄金の修正液」のような波動が、円状に|広がっていった。
宙を舞っていた恥ずかしいポエムや黒歴史の文字が、その波動に触れた瞬間、キラキラとした光の塵となって消えていく。
「……。……。……すご……。……。一瞬で全てを『なかったこと』にした……。……。これ、最強の隠蔽魔法じゃないか?」
「……。……。ふん、当然でしょう! ……。私と貴方の共同作業ですもの、これくらい出来て当然よ……。……。……あ、ああああ!!」
突如、リリシアが悲鳴を上げた。
新しい杖の副作用か、あるいは出力が高すぎたのか。
消え去ったはずの黒歴史の文字たちが、全て「ドロップ」へと変換され、リリシアの体から噴き出したのだ。
カランカランカランカランカラン!! ドサドサドサ!!
「……。……。……なっ……!? ……。……。リリシア、お前の足元が……!!」
「……。……。止まらないわ!! ……。……。みんなの恥ずかしい記憶が、全部私の体内でドロップに変わって溢れ出して……!! …………あああ!! これじゃ、私が『全校生徒の恥ずかしい記憶の母』みたいになってしまうわ!!」
廊下は、またしてもピンク色のドロップで埋め尽くされようとしていた。
「……。……。……いいじゃない。……。……。和希くん、これ、新しいビジネスの予感がするわ。……。題して『聖女の黒歴史クリーニング・キャンディ』。……。一袋五百円で売れば、部費が一瞬で稼げるわね」
咲季が、ドロップの波に乗って優雅に滑りながら、非情な提案をする。
「売れるか!! ……。……。リリシア、耐えろ!! ……。……。全部|出し切れば、きっとスッキリするから!!」
「……。……。……。……貴方は、他人事だと思ってぇぇぇ!!」
リリシアの叫びと、止まらないドロップの嵐。
しかし、そのドロップを一つ拾って口にした生徒たちは、一様に顔をほころばせていた。
「……。……。……なんだこれ。……。……。……恥ずかしかったはずなのに、……すごく、暖かい味がする……」
和希は、その光景を見て、小さく笑った。
偽物の杖が生み出した、偽物の奇跡。
だが、それが誰かの心を救っているのなら、それは最早、本物よりも価値のある「魔法」ではないだろうか。
和希は、ドロップの山に埋もれながらも必死に杖を振るリリシアの姿を、誰よりも誇らしく見つめていた。
だが、その時。
校門の影から、二人を冷ややな瞳で見つめる人影があった。
大蔵先生……ではない……!?
それは、リリシアがいた世界の法衣によく似た、漆黒の服を纏った――。
(第12話へ続く)




