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やる気のない魔王とヤル気の一般人女性、とキツネ。  作者: 紫藤しと
一、逃げ出した世界

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7.うるさい奴ら

 食べ終えてからぼんやりと照明を見ながら考えた。あれは松明が燃えているように見えるが、たぶんそうじゃない。まったく木が燃え尽きる様子がないからだ。この世界に電気がないことはわかってるので、たぶん魔法でなんとかしているんだろう。高度に発達した科学は魔法と区別つかないっていうのはこういうことか。この場合逆だけど。

 椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせながらうだうだと考える。この城はいちいち家具のサイズがデカい。さっきの青いヒトは身長180センチぐらいだった。キツネはそれより少し小さいぐらい。別に人間と大きさはさほど変わらない。魔王様だけがバカでかいんだ。なんであのヒトだけ……

 ガンッ

 一つのハレンチな可能性を思いつき、私はテーブルに頭を打ちつけた。ひょっとして……人間と変わらない身長の悪魔なら、ワイン瓶のこと忘れてもいい? え、いいの? でもゴリラだし? ゴリラってどうなの? ……知らないってば、馬鹿!

 テーブルに頭をゴンゴン打ちつけてると急に扉が開いた。顔を上げると呆れた顔のキツネが立っていた。

「何をしてるんです?」

「なにを……してるんでしょうね……」

 私は神さまなんて信じてないけど、清らかな全ての存在に謝りたい。ごめんなさい。私は汚れた目で世界を見てしまっています。嫁入り前の娘だとは思えない。でも悪魔が相手なら清らかじゃなくても別にいいのかしら。

「……ーい。戻ってきてください?」

 キツネの声にやっと我にかえった。

「あら、ごきげんよう。キツネさん。」

「……変なものても食べましたか?」

「失礼ね。オホホホ」

 上品に笑って見せたのにキツネは目を細くしただけだった。本当に失礼な奴だ。

「……なんか用?」

「用というか、不審な物音がしたもので。私一応この城を管理監督しているんですよ。」

「いかにも魔王の右腕って感じだもんね。」

「そう自認しております。」

「自認? 正式には認められてないの?」

「悪魔にそういう制度はありません。」

 へー。ちゃんとしたスーツとか着てるからもうちょっとカッチリやってるのかと思ってた。

「キツネって……」

 真面目なことを聞こうとしたのにキツネの黒いズボンが目に入った。その瞬間なにを聞こうとしていたのか全て忘れてしまった。

「もうヤダ! 馬鹿!馬鹿!」

 顔を覆って身悶えてると心底呆れたキツネの声が降ってきた。

「何してるんですか? ほんとに……」

 ホントダネ。何してるんだろうね、私……

 しばらく悶えた後、私は涙目で忘れてくれと懇願した。キツネは快諾して部屋を出て行った。あぁ、疲れた。

 とりあえず場所を変えようと器を片手に部屋を出た。厨房にはもう誰も居なかった。軽く器を洗ながら、セオリー通りならこの壁の向こうは外だなと考えた。鍋を煮温めている火は本物みたいだし、空気穴が繋がっている筈だ。

 器を洗っていつも通りエプロンで手を拭こうとして、ここが店じゃないことに気づいた。子供の頃から父親の居酒屋で数え切れないほど皿やコップを洗ってきた。『いつも通り』は私を簡単に居酒屋の娘に戻してしまう。

「馬鹿みたい」

 つぶやいて私は厨房を飛び出した。かまどの位置から外と隣接してそうな壁を探し触りながら歩き、少しすると前に魔王と来た扉を見つけた。開けるとまだ小雨が降っていた。

 濡れるのは嫌なので扉を開けたまま湿った空気を胸一杯に吸いこんだ。雨や草木の匂いはホッとする。なんせ城の中は乾燥してるから。

 私は空から雨粒が落ちるのを眺め、足元の小石を蹴り、しゃがんで落ちていた小枝を拾ってそれをすぐ投げた。少し汚れた手のひらを見ながら、散々水仕事をしてきた割には綺麗な手だと考える。それは私がまだ若いお陰だし、この世界に強い洗剤がないお陰だし、魔王様に手をとってもらうことを想像して油を塗り続けたお陰でもある。この世界にハンドクリームなんて洒落たもんはない。誰かが代わりに水仕事をやってくれるような身分も金もない世界に私は生まれ落ちた。一体なんの為に?

「あー! 君でしょ! 可愛い子猫ちゃん!」

 急に聞こえてきた甲高い男の声に、心底イラッとした。人が黄昏れてる時に誰だよ。

 見ると小柄なウサギがこちらにブンブンと手を振りながら近づいてきた。顔はウサギで白いシャツに黒のサスペンダー、茶色のズボン。海外の昔話に出てくる少年の格好だ。

「やぁ! 最初に見た時から気になってたんだ! 良かった! 魔王様に頭からバリバリ食べられちゃったんじゃないかって心配してたんだよ!」

 すぐ側まで来たくせにまだ声がデカい。耳を塞ぎたくなったが、人として最低限の礼儀を持って私は立ち上がった。

「こんにちは、ウサギさん。どこかでお会いしたかしら?」

「お会いしたっていうかね! 君がこの庭を通るのを見てたんだよ! 俺その時眠かったから声かけなかったんだけどさぁ!」

 ウサギの身長は多分160センチぐらい。まだ子供なのかもしれないが何にせよ声がデカい。

「あぁそうだったんですね。確かにあの時…」

「そうそうそれでさぁ! 魔王様ってどんなだった? 俺会ったことなくてさぁ! すっごい怖いって聞いたんだけど!」

「……魔王様はとても紳士でいらっしゃいましたよ。それに」

「本当にぃ!? マジかよ! じゃあ俺も会ったら優しくしてくれっかな!?」

 コイツ、話にならねぇ。つか語尾全部に!マークつけんな。

 収まってた頭痛がぶり返してきた。

「あ、雨が強くなってきたみたいなのでここ閉めますねぇ。」

「そう!? 大丈夫だよ! それより」

 あぁこんな時に使える呪文があった気がするな。なんだっけな。

 ウサギは大声でどうてもいいことを喋っている。なんだっけ京都人が面倒い営業を断る時にいう呪文……

「マアキョウハアレヤサカイニ、ナニシマショ。」

 え、なに?というウサギを押し出して無理やり戸を閉めた。耳に静寂が戻ってきてホッとした。





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