8.駆け落ち 後編
人を雇ってしばらくすると幾つかのことがわかった。
・ピーチは下町の男と付き合っていた
・男は孤児で妹と二人で暮らしていたが、妹は事故で死んでしまった。男はそのせいでポゼッシ家を恨んでいた
・ドクはピーチを追い掛けて下町まで来て、何度か騒ぎを起こしていた
下町の男とピーチがどういう風に出会ったのかはわからない。だが真剣に愛し合っているなら、うちの両親はそこまで結婚に反対しなかった筈だ。うちは歴史はあっても、豪商でもなく特別な大金持ちでもない。なのにどうして二人は駆け落ちしたのか……きっとドクのせいだ。
「ポゼッシ家は治療費が払えない下町の人々を定期的に受け入れている。他にそんなことをしている医者はおらず、彼らはポゼッシ家に頼るしかない。そのポゼッシ家から治療とピーチを秤にかけるようなことを言われれば、彼らはきっとピーチとその男を差し出すだろう。だから二人はこの町から出て行ったのだと、私はそう両親に説明した。」
伯母はそこまで話して長い溜息をついた。
「てもね、本当は違うと思う。両親も薄々勘づいてた。うちとポゼッシ家の間にそこまでの上下関係はないの。ピーチがその男と結婚しても、うちに住んでうちの仕事をすれば何も問題はない。医者だって他にもいる。たぶん本題は……悪魔の木なのよ。」
「悪魔の木?」
新しい単語に首を傾げた。
「ポゼッシ家の中庭にある梅の木よ。突然変異とかなんとかで、年に何回も花が咲いて実をつけるの。普通の梅の実は緑なんだけど、その木は真っ赤な実をつけるのよ。齧ると甘いらしいわ……ポゼッシ家はその実を使って代々栄養剤を作っているの。」
「悪魔の木の実で栄養剤を?」
「対外的には何で作っているかは秘密だけれどね。うちとポゼッシ家は付き合いが長いから……お家に行った時に教えてくれたのよ。あれが材料だって。あの木を守るために、この家は木を囲むように建てたんだってね。」
「その木に血をかけて実を収穫して栄養剤をって……本当に悪魔の木じゃないてすか。」
「そう。あの木の実がなるために人間の血液が必要で、ピーチに惚れたドクが見境なしに血を集めていたんだとしたら……色々説明がつくのよ。」
「そんな木、切り倒せばいいのに。」
私の怒りを伯母は寂しそうに笑った。
「そんな訳にはいかないの。この栄養剤が、色んな人の命を救っているのも事実なの。」
伯母はそう言うとテーブルにあった栄養剤を手に取った。
「弱くて生きられそうもなかった赤ん坊がこれのおかげで成人できたとか、そんな話は山程あるわ。ピーチだってそう。子供の時に大熱をだして命が危ないかもしれないって時もこれで治った。飲んでる間は元気なのよ。でも高いからそんなに頻繁には飲んでなかったんだけど、いつの間にかドクが持ってくるようになったのよね。半分はピーチに会いに来る口実だったと思う。……後から考えれば、その頃からまた悪魔に血を捧げてるって噂が出回るようになったのよ。」
「つまり母は、ドクに患者の血を抜くのをやめさせるために、駆け落ちしたと?」
「私はそう思ってる。」
伯母はそう言って栄養剤をテーブルに戻した。中の赤黒い液体が揺れる。
「そんなの……ただ止めさせたらいいじゃないですか。相手が他の男と結婚すれば目も覚めるでしょ。」
「……覚めたと思う? 今のドクを見ても。」
伯母の問いに医者との会話を思い出してみた。あーー確かに会話があんまり成立しなかったな。いやそれにしたって……。
「ドクは当時下町で乱闘騒ぎを起こしたり、この町に火を付けるって脅してピーチの居場所を探したこともあったみたい。ドクはポゼッシ家唯一の跡取りだし閉じ込めておくこともできない。だから自分が逃げるしかないってピーチは思ったんじゃないかしら。」
いやいや、他になかったのかな……これじゃ結局母親は早死するしドクはおかしくなったままだし、誰も幸せになってないじゃないか。
横にいる伯母を見ると俯いて泣きそうな顔をしていた。たぶん私も似たような顔だ。こんなんじゃ駄目だ。これ以上の悲劇なんて、必要ない!
「伯母様、少しだけ話してもいいですか?」
私の呼び掛けに伯母は顔を上げた。
「その後の二人の話なんですけど……ここから遠い町に引っ越したんです。この世の果てみたいなド田舎どったんてすけど、二人はそこに飲食店を開いたんです。わりと繁盛してたんですよ。確かに母はまだ若い内に亡くなってしまいましたが……でも! すっごい遠くまで移動して!店を切り盛りして!こんな可愛い子どもまで産んだんですよ! 栄養剤なんて要らなかったんです! 母はちゃんと、自分の思うように生きたんです!」
伯母は目を丸くした後、懐かしそうに笑った。
「あの子が料理を? 食べられたらいいじゃんとか言ってたあの子が? そう……そうね、見た目はイマイチだったけど味は美味しかったわ。ふふ……そう。ちゃんと……最後までわがままだったのね。」
伯母は静かに泣き出した。私は黙って寄り添った。
「――わがままで人のいうことちっとも聞かなくて、でも優しくて、可愛い妹だった。思い出せて良かった。ずっとごめんねっていう寂しそうな顔しか思い出せなかったから。良かった。ほんとうに、良かった……」
言葉を詰まらせる伯母の横で私も涙を拭った。母は若くして死んだ可哀想な人なんかしゃない。ちゃんと意思を貫いた人だ。ちゃんとヒロインだったんだ。私だって……バッドエンドなんかに絶対させない。




