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やる気のない魔王とヤル気の一般人女性、とキツネ。  作者: 紫藤しと
二、逃げ出したヒロイン

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5.この世界の住人に

 部屋の正面には大きな腰窓があり明るい。どうやら雨はもう止んでいるようだ。窓の外には通路程度の庭があり、低い植え込みの向こうには歩いている人が見える。更に向こうには二階建ての建物が連なっていて……すごく都会だ。ここには文化がある。あの村じゃ百年経っても到達しない景色だ。行き交う人の服装もお洒落だ。薄汚れている人がいない。ここは、私が夢見ていた世界じゃないだろうか。

 夢中で窓の外を見ていると戸がノックされた。返事をするとメイドが何かを持って入ってきた。

「失礼します。奥様の命でやって参りました。」

 メイドはそう言うとローテーブルに本を一冊置いた。字読めない……とは言い辛かったので私は無言で頷いた。

「髪を結うように言付かりましたので、こちらに座って頂けますか?」

 ソファーを指差されたので座ってみた。背後にメイドが立ち、私の髪を櫛でとかし始めた。人に髪を結ってもらうなんて何年振りだろう。ちょっと涙が出そうだ。最後に梳いてくれたのは隣の家のばあちゃんだったかな。多分母の葬式の時だ。

 昔を思い出している間に髪はくるくると巻かれて、後ろで一つにまとめられた。手で触るとレースで巻かれてお団子になっていた。シニヨンというやつか。あの村では年寄りがする髪型だけれど、都会ではこれが流行りなのか?

 メイドに色々聞きたかったが、メイドは髪を結うとすぐに部屋を出て行ってしまった。私と喋るなと言われているのかもしれない。伯母が言っていたクロース家の家訓とは、悪魔と深く関わらないという意味だろう。なんとなくわかる。悪魔ってそういう存在だ。一人で突撃した私がおかしいだけで。

 部屋にあった鏡の前に立つと、割と地味な女が立っていた。地味な服、地味な髪型、そして顔に生気がない。よく見たら美少女だけど、よく見なきゃわからない程度なら意味がない。私は安定と引き換えに輝きを失ったんだろうか。

 そこで大事なことに気がついて私は部屋を飛び出した。金貨! 金貨をワンピースのポケットに入れっぱなしだ!

 客間に飛び込むと、ちょうどメイドがワンピースを手に部屋を出ようとしている所だった。

「ちょっと待って!」

 ひったくるようにして服を奪いポケットを漁る。金貨はまだそこにあった。

「……あ、すみませんでした……どうも……へへ」

 私はぎこちなく笑いながら服をメイドに返し、居た堪れない気持ちで元いた部屋に戻った。最悪だ。絶対変な奴だと思われた。まあでも思われてもいっかぁ……どうせメイドなら私が悪魔関係だと知ってるんだろうし。……いや、最初くらい感じの良い人間だと思われたかった。どうせ後から嫌われるにしても。

 ソファーに座り、握りしめていた手を開く。金貨は鈍い輝きでそこにあった。これがここでどの程度の価値なのか分からないが、私の大事な切り札だ。これからどうやって保管しよう。ポケットにただ入れるのは危険な気がする。ワンピースに縫い付けようか、いや下着に縫い付けた方がいいのか? 首から下げるのはどうだろう……見つかっても盗られないように工夫して、お守り風がいいかも。

 色々考えていると窓の外は薄っすらと日が差してきた。午後からは晴れるようだ。良かった、別に日が差しても怖くない。前はたまたま体調が悪かったんだろう。そんなことを考えながら窓の外を眺めているといつの間にか眠ってしまった。

 控えめに肩を叩かれて目が覚めた。目を開けると困った顔のメイドが私を覗き込んでいた。

「……大丈夫ですか?」

 返事をしようとしたが欠伸に邪魔されてできなかった。眠い。眠いけどわかる。私、寝過ぎだ。通常じゃあり得ない程に。

「あの、先生お呼びしましょうか? 昨日何かあったらすぐ呼ぶようにとおっしゃっていましたが……」

「いいのいいの。大丈夫だから。」

 私はぶんぶん手を振って返事した。あの医者にはもう会いたくない。赤の他人に私の母が恋しいと泣かれても困る。

「さようでございますか……。こちら昼食です。後ほどお皿はお下げします。」

 メイドがそう言うと一礼して出て行った。ローテーブルの上には美味しそうなスープとパンが置かれていた。美味しそうだが食べ辛い。ってか私一人で食べるの? 隣の部屋からは薄っすら楽しそうな声が聞こえるんだけど、なんで私一人? イジメ?

 考えても無駄っぽいので一人で昼食を平らげた。美味しかった。することがないので仕方なくテーブルの隅にあった本を手に取ってみた。服とか布とか書いてあるので多分服飾の本だ。最後の方のページには図集があったのでそこだけ見る。恐らく色々なステッチの解説のようだ。ふんふんと眺めているとメイドが入ってきてお盆だけ持ってすぐに出て行った。取り付く島もない。私はその背中を見送った後、本をテーブルに戻した。飽きた。読めない本なんて見てられない。

 またぼんやりと窓の外を眺め寝そうになっていると、ドアがノックされた。欠伸しながら返事をすると、白衣の医者が入ってきた。

 呼んでねーよ。





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