4.出来る女
取り敢えず伯母が残していったスープを飲んだ。具が大きくて溶けてないし、クリーミーで味がはっきりしている。美味しい。都会はスープ一つとってもこんなに贅沢なのか。
一息ついて置いていかれた服を眺めた。茶色のワンピースと下着一式……ひょっとして私臭いんだろうか。クンクンと匂ってみたが自分ではわからなかった。ただのおもてなしであると信じたい。
部屋を見渡すとパーテーションがあったのでベッドの近くに移動させた。その影で服を一枚ずつ脱ぎ、タオルをお湯に浸した。まだ温かい。きつく絞って体を拭くと気分が良くなった。パッと下着を脱ぎササッと拭き慌てて新しい下着を身につける。脱いだ下着は桶に漬けてジャブジャブと洗った。ただ桶は小さいし部屋は薄暗いしで洗えているのかはよく分からなかった。またお湯を固く絞ってパーテーションに下着とシミーズを干してみた。これ人に見られたら嫌だなぁ。見られるんだろうけど。
使った桶は部屋の入り口近くに移動させ、次は新しいワンピースを手に取った。パッと見は茶色だがよく見ると水色の格子が入っている、爽やかなチェック柄だ。被るタイプのワンピースだし首元までキッチリとボタンで締められるしおかしな装飾もない。素敵だ。
着てみると腰の位置に自分で結ぶタイプのリボンがあった。多少太ってもウエストをリボンで調整できるのは素晴らしいが……リボンは酔っ払いに引っ張られるんだよな。もう引っ張られないのかな、どうなんだろ。
自分の姿を見たかったがこの部屋には鏡がなかった。そういえば伯母はアトリエに来いとか言ってた気がする。でも裸足で出ていいんだろうか。
部屋を見渡すと戸の横に黒いスリッパがひっそりと置いてあった。わざわざ誰かが持ってきてくれたらしい。ありがたいことだ。
早速履いて廊下に出た。明かりとりの窓とは別に明かりが灯っている。昼間から人がいない所にも明かりを灯すなんて贅沢過ぎる。
キョロキョロしていると一人のメイドがやってきた。だが私を見ると壁際に立って俯いてしまった。すごい、ちゃんとしたメイドだ! こんな時どんな顔をすればいいのかわからない!
「あの……アトリエってどちらでしょう?」
なるべく丁寧に訊くとメイドはこちらですと言って歩き出した。そしてすぐ近くの扉の前で止まった。中からは明るい笑い声が聞こえる。メイドはノックして中に入りお客様ですと告げると、私に部屋に入るよう促した。
恐る恐る中に入ると女の子たちの視線が一斉に突き刺さった。好奇心たっぷりの顔だ。みんなまだ若い……伯母以外。
「オミナ様! 着心地はどうですか?」
従姉妹がはしゃいだ感じで近寄ってきた。元気そうで良かった。
「とてもいいわ。ただスカート丈がちょっと長いかなって。」
丈はくるぶしまであった。これではちょっと屈んだだけで裾で床の掃除をすることになる。
「そうですか? ヒールを履くならこれぐらいはないと……」
「あ、ヒールは履かないの。」
従姉妹は?という顔で首を傾げた。その後ろから伯母がやって来て補足してくれた。
「アリー、服は着る人本人の要望が大事なの。沢山歩く人は高いヒールは履かないのよ。」
従姉妹はしょんぼりした顔で俯いた。
「承知しました……裾上げ致しますね。」
「あ、いいの! 別に急がないから! 忙しそうだし……」
私はそう言って遠くから興味津々という顔でこちらをチラチラ伺っている女の子たちを見た。慌てて目を逸らすのが可愛い、十代後半から二十代ぐらいの女子が四人いる。
「あぁ、紹介するわね。親戚のオミナよ。しばらくここに滞在するから会うこともあるでしょう。よろしくね。」
伯母に紹介されたのでとりあえず微笑んでみた。女の子たちは口々に名乗ってくれたが、全く覚えられる気はしなかった。
「じゃあ全員仕事に戻って。昨日の大雨のせいで仕事が溜まってるんだから。」
伯母がそういうと五人の女の子は一斉に持ち場に戻った。みんなそれぞれ何かを縫ったり切ったり書いたりして忙しそうだ。
「さて……苦しい所はない?」
伯母が私の襟元を直しながら小声で訊いた。
「あ、はい。裾以外は問題ないてす。」
「そう、良かった……この色似合うわね。あの子、最初は真っ赤な生地で作るつもりだったのよ。」
「真っ赤はちょっと……」
「そうね。ところであなた、魔王から逃げてきたって本当?」
唐突にド直球の質問がきた。
「逃げて……いえ、逃げたつもりはないんですが。」
そもそも全く追われてないもんな。
「そう。これはクロース家の家訓だから気を悪くしないで欲しいんだけど、そちらのことにあまり関わる気はないの。だから今後あなたがどうしたいかだけ教えてくれる?」
すごい、全部ド直球だ。これが職業夫人のやり方か。
「ええと……しばらくご厄介なりたく……」
「いいわよ。それから?」
「あの、私、飲食店で働いたことしかなくて、でももう戻りたくはないんです。できればそれ以外の方法で生きて生きたいんですが……」
「うちで教えられるのは仕立ての技術ぐらいね。姪をメイドにする気はないし……お針子ならどこででも生きていけるし、独立することもできる。それでいい?」
「あ、はい。」
スルスルと話がまとまった。こんな数分の立ち話で人生は決まっていくのか。
「とはいえ今日はゆっくりして頂戴。病み上がりなんだから。でも寝ちゃダメよ? あとで暇潰しの道具でも持っていかせるわ。ああ、暗い部屋の中もダメね。隣の部屋を使いなさい。廊下を出て左よ。」
ペラペラ喋る伯母に押し出されるようにして廊下に出た。仕方なく隣の部屋に入ると、そこは昨日医者に会った部屋だった。




