2.医者の過去
「伯母様、訊きたいことが多すぎます。」
伯母に向かってにっこりと微笑むと、伯母は溜息をつきながら私の隣に座った。
「そうね……まさかあれほどとはね……」
「何なんです? アレ。」
「アレはねぇ……代々うちのホームドクターを務めてくれている家の家長よ。評判のいい医者……のはずよ。」
「アレが?」
伯母はまた大きな溜息をついた。
「ええ、穏やかな人格者って言われてるわ……ピーチさえ絡まなきゃね……」
「伯母様、そこら辺詳しく。」
「そうね、あの調子じゃ呼ばなくてもまた来るだろうしね……」
伯母は溜息混じりに話し出した。
「家同士の付き合いがあるから、小さい頃から顔見知りではあったのよ。私にとってドクは年上なのに小柄でいつもオドオドしててつまらない男の子だった。ピーチにとってもそうだったと思うんだけど……いつの間にかドクはピーチが好きになってたみたい。ピーチが十五歳で学校サロンに入った途端、結婚を申し込んできたの。」
「えーと、学校サロンって何ですか?」
「あぁ学校サロンっていうのは……私達の時代の話をするわね、学校サロンっていうのは一定以上の金銭的余裕がある家庭の子女が結婚相手を探しに集まるサロンのこと。十五歳で入学して、相手が決まったら卒業するの。女の子は特に一年以上通ってると恥ずかしいって風潮だったわ。でもピーチはそこに二年通ったの。ちゃんと勉強がしたいからって男の子の授業を受けたりしてた。ほんと、人の言う事を聞かない子だった……」
伯母は遠い目で言った。私はかつての頬が痩けて呼び掛けにほとんど反応しなくなった母を思い出していた。確かに聞いてなさそうだったな。
「ええと話が逸れたわ。さっきのドクはピーチより五歳年上なの。それなのにピーチが入学した時まだ学校サロンに在籍していたのよ、どうしてもピーチと結婚したいからって。はっきり言って異常よ!? 二十歳で在籍してるなんて……男の子だって三年も通えば諦めて卒業するのに。よくあちらのお家も許したものだわ、年会費すっごく高いのよ!? 一人っ子だから甘やかしてたのね……どこまで話したかしら?」
「入学と同時にプロポーズされた所までです。」
「あぁそうそう。当時ピーチがどう思っていたのかは知らないけれど、なんせ断っても家同士の付き合いは続く訳だから、それなりに交流はしてたみたい。でも段々……行動が気持ち悪くなっていってね。」
「きもちわるい」
「そう。雨の夜に外に立ってピーチの部屋を見上げているのを見つけた時は悲鳴をあげたわ。怖すぎるでしょ。それは流石にうちの父からあちらのご両親に苦情を言ってもらったわ。……他にも毎日ラブレターが届いたり、他の男の子とのデート中に怒鳴りこんできたり、色々あったみたい。」
「デート?」
「ん? そりゃあ結婚相手を見つける為の学校だもの。色んな人とデートしたりみんなで遊びに行ったりすることが推奨されてるのよ。……それなのになぜかあの子は、最終的に学校外の子を選んじゃった訳だけど……」
伯母はまた溜息をついた。私は慌てて話を戻した。
「ええとつまり、あの医者は大昔母に振られたと。」
「そうよ、あれから二十年以上経っていい加減みんな忘れたと思ってた。ドクもずっと独り身だったけど何年か前、遠縁の子を養子にして人の親になったし……まさか、今でもあんなだとか、ねぇ?」
「一度も結婚はしなかったんですか?」
「ずっと独身だし私の知る限り恋人もいないみたい。そういえばピーチがいなくなってから数年間、ドクは死に物狂いで行く方を探してたわね……数ヶ月探してはボロボロになって家に帰ってきて、また家のお金を掴んで探しに行って……あの姿を見てたらみんなピーチが駆け落ちしたのも当然かもしれないって思うようになったのよね……誰も口には出さなかったけど。」
結構えげつないこと忘れてましたね、お姉さん。
「なるほど。……だから母に似た私を見て感情が高ぶってしまったと。」
「あんまり言いたくないけど、もう会わないほうがいいでしょうね。あの感じ、ピーチを追いかけ回してた頃を思い出したわ。あちらのご両親ももういないし、今となっては誰も止められないんじゃないかしら。」
「……そんな人がホームドクターでいいんですか?」
「普段はすごくいい人よ。ピーチさえ絡まなきゃね。」
伯母はやれやれと首を振って私に向き直った。
「他に聞きたいことある?」
聞きたいことは色々あるが、このタイミングで聞くのは違う気がした。この家に住み着いていいか、とか今言うことじゃないだろう。
「……私、そんなに母に似てますか?」
それを聞いた伯母はゆっくり破顔した。
「似てるわね。あの男の面影もあるけど、なんていうか、魂が似てる気がするわ。……あら、ごめんなさいね。お父様なのにあの男呼ばわりで。」
伯母はあまり悪く思っていなさそうな顔で謝った。この人、妹のこと大好きだったんじゃないだろうか。しかし魂が似てるって何だろう。
話を聞きたいのに欠伸を噛み殺せなかった。眠さがぶり返してきたようだ。
「あら眠いの? 困ったわね、ドクは昼間はなるべく起きてるように言ってたのだけれど……あ、待って! ここで寝ないで! 客間に行きましょう、立てる? ちょっと誰か――」
伯母の声はどんどん遠くなり、私は頭を真っ直ぐ保てないほど眠くなった。
次に気がついた時はベッドに倒れ込んでいた。横で伯母が服がどうこう言っていたが、もはや返事をする気力はなかった。伯母の声を聞きながら私は再び眠ってしまった。




