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やる気のない魔王とヤル気の一般人女性、とキツネ。  作者: 紫藤しと
二、逃げ出したヒロイン

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1.イケオジ医者登場

 誰かに肩を揺さぶられて目が覚めた。ロウソクの光が眩しい。顔をしかめていると伯母の声がした。

「良かった……あまりにも目覚めないから……」

 光に目が慣れると、安心したような伯母の顔が見えた。薄暗い部屋、ソファー、伯母……クロース家だ。私は支えられながらゆっくり体を起こした。どのくらい眠っていたのだろう。

「歩けるかしら? 別室にお医者さんを呼んでるの。どう?」

 んー歩けるけど、別に医者はいらないんしゃないかなぁ……眠いし。

「ちょっと寝ないで! アリー、手を貸して!」

 アリー……ああ従姉妹の名前ね。良かった、訊かなくて済んだ。ラッキー。

 私は母娘に両脇を支えられながら部屋を出た。目をつぶると頭が揺れる。なんだか面白かったのでされるがままにぐらんぐらんしながら廊下を歩き、何処かの部屋のソファーに倒れ込んだ。ロウソクがなくても大丈夫なほど明るい部屋だった。窓の外は雨が降っているらしい。部屋の中は五、六人いるようだがとても静かだ。よし寝よう。

「モモ……会いたかった……」

 涙声の男の声に片目を開けた。知らないおじさんが涙ぐんでいる。これは……誰? まぁ眠いからいっか……

 目を瞑ったけれど横のおじさんの嗚咽はどんどん大きくなった。流石に気になり過ぎて目を開けた。

 四十代ぐらいの白髪混じりのおじさんだ。眼鏡を外しハンカチを目に押し当て、床に座っておんおん泣いている。白衣を着ているからこの人が医者なのか。しかし、なんで泣いてんの?

 私は仕方なく体を起こした。眠すぎてクラクラするけど、流石に横でこんなに泣かれたら眠れない。困って近くにいた伯母を見上げると、伯母も困った顔をしていた。

「この方はね、うちのホームドクターのドク先生よ。」

 ドクターのドク……覚えやすくて助かるね。しかしまぁ、なんて綺麗な眼鏡なんだろう。

 私の目は医者より近くのローテーブルに置かれた医者の眼鏡に釘付けになった。銀縁の眼鏡はガラス部分が割れてないし、ツルにも補修の跡がない。まるで高級なアクセサリーのようにピカピカに光っている。私が知っているこの世界の眼鏡といえばガラス部分にヒビや傷があるのが当たり前、ツルは針金や木で補修されているのが当たり前だった。紐で頭にくくりつけてる人もいたな。なんせ死んだ親の眼鏡を子供が使うのが当たり前だったし……

 私が眼鏡を見て感心している間に医者はやっと泣き止んだようだ。真っ赤な目と鼻のまま私に笑いかけてきた。

「や、やぁ……」

 そこで感極まったのかまた泣き始めた。なんだこれ。

「先生、いい加減にして下さい。」

 伯母がぴしゃりと言うと、医者は何度も頷き呼吸を整え始めた。私は視線で伯母に訊いた。

 "かえっていいですか?"

 "ダメです"

 ゆっくり首を振られたので仕方なく医者の呼吸が整うのを待った。白衣の中からのぞくシャツやネクタイ、汚れていない爪や荒れていない指先、丁寧に撫でつけられた髪、間違いなく金持ちだ。そしてよく見たら美形だ。イケメン……いや泣き虫イケオジ医者か。好きな人は好きなんだろうけど、私は引くなぁ……

 医者は咳払いしてようやく普通に話始めた。

「すまない、取り乱してしまって。気分はどうだい?」

 人の気分を気にしてる場合かい?

「別に……眠いだけです。」

「そうか。アネージョから丸二日眠ったまま起きないと聞いてね。眠いかもしれないけれどしばらくこのまま起きているといい。本当は陽の光にあたって欲しい所だが……この雨はしばらく止みそうもないね。」

 その場にいた全員で窓の外を見た。結構な大雨だ。

 頭の隅に泥で汚れた床――掃除するのめんどくさい――や無口な一人客、隙間風がピューピュー鳴り続ける店の光景が浮かんで消えた。

「じゃあ脈を測るから、手を出して。」

 医者に言われた通り素直に右手を差し出すと、医者は震える両手で私の腕と手に触れた。飛び上がりたいほど冷たい手だった。おまけに細かく震えている。大丈夫? 脈測れる?

 心配通り医者は俯いて私の腕を持ったまましばらく動かなかった。時々鼻を啜っているのでまた泣いているのかもしれない。脈を測っているとは思えないぐらい長い沈黙の後、やっと医者は私の腕を離した。

「――ありがとう。明日また様子を見に来ます。」

 ありがとうって何だよ。脈はどうしたんだよ。

 心の中でつっこんでみたが表に出すと面倒くさそうなので私は黙って医者が出て行くのを見守った。鞄から聴診器らしきものが見えたがなんでそれ使わなかったの? 本当に医者か?

 医者について伯母や従姉妹やメイドが出て行き、あっという間に部屋には誰も居なくなった。奇妙な医者のせいで眠気はだいぶん覚めたが、どうにもこの部屋は落ち着かない。なんて金持ちそうな部屋だ。壁には絵、マントルピースの上には花。うちの母親はこんな立派な屋敷の出身なのか。なんで駆け落ちなんかしたんだろ、馬鹿じゃねーの?

 ソファーで不貞腐れていると伯母が一人で戻ってきた。 さて何から訊こう。



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