37.見切り
「……魔王は私を好きにならないじゃない。」
そういうとキツネは笑った。
「オミナさんは口説くのが下手過ぎるんですよ。」
「男の口説き方なんて知らないし……」
いや知ってるつもりだった。可愛い私が色仕掛けで迫れば落ちない男なんていないと思っていた。甘かった。
「僕が口説き方を教えてあげましょうか?」
チッ!
思わず思い切り舌打ちしてしまった。一時期店で腹が立つことがあると、ずっと舌打ちをしていた。親父と常連客から流石にそれはヤメロ、いつか殺されるぞと諌められ止めた習慣だったのに。
「……あんたに人が口説けんの?」
なるべく静かに訊くとキツネはニコニコしながら答えた。
「うーん、でも、オミナさんて僕のこと好きじゃないですか?」
オッケー、ぶっ殺す。
私はベッドから出て水差しを逆手で持った。床に水がボトボト落ちたが気にしない。取り敢えず一発殴る。後のことはそれから考える。
「そうやって力の差を考えず取り敢えず暴力ふるおうとするの、可愛いですよね。」
「そんな口説き方があるかっ!!」
渾身の力で水差しを振り下ろしたが避けられてしまった。次は殺す。
睨みながらタイミングを伺っていると、キツネが急に後ろを振り向いた。
「あ、魔王様。」
チャンス! 私は迷うことなくキツネの脳天に水差しを叩きつけた、つもりだったのにまたしても避けられてしまった。崩れた態勢を立て直しながら戸の方を見ると、確かに魔王はそこにいた。ギョッとした顔で私を見ている。だが視線は私の顔じゃなくてもっと下の……
「ギャアァ!」
私は悲鳴を上げてその場に座り込んだ。暴れた拍子にシミーズの肩紐が落ちて片方の乳が丸見えだった。寝る前にワンピースを脱いでいたことを忘れていた。
乳、見・ら・れ・た
魔王が何か言おうとするのがわかったので、何かを言われる前に先に大声で叫んだ。
「全員出てけ!!」
数秒後に部屋は何事もなかったかのように私一人になった。もう死にたい。私はベッドに倒れ込んだ。見られた。嫁入り前の若い娘なのに乳見られた。こんなガリガリの体、惚れてなきゃ見られたもんじゃないだろうに。もう嫌だ。あいつら殺す。
めいいっぱい大声を出したので喉が痛い。水が飲みたかったが全て床にこぼれていた。辛い。なんでこんなことになったのか、私はどこから間違えたのか、もうわからない。しんどい、遠くへ行きたい。もう疲れた。
私はノロノロと立ち上がるとワンピースを着た。人間が魔王を口説くなんて所詮無理だったんだ。大人しくクロース家にやっかいになろう。針子として生きよう。母のように前世の記憶を使って服をデザインすれば、斬新なデザイナーになれるかもしれないし……なれなくても生きていくことはてきるだろう。そうしよう。
長い間部屋の片隅に置いてあった靴に久しぶりに足を入れた。靴紐を結ぼうとするとキツイ。そうか、足も大きくなったのか。
諦めてスリッパを履いて部屋を出た。あの靴はこのままこの城で朽ち果てるといい。サラバだ。
私は笑顔を貼り付けて魔王の部屋の戸を叩いた。出てきた魔王は明らかに困惑していた。
「いいの! 何も言わないで。……鏡の向こうに行きたいのだけれど、送って下さる?」
「あの、さっきのことだが……」
「黙れっつってんだよ!!」
思い切り睨むと魔王は黙った。聞きわけがよくて助かる。これ以上怒鳴ったら喉がもたない。私は勝手に中に入って鏡の前に立った。鏡の中の女は疲れた険しい顔をしている。あんまり可愛くないな。
魔王か私の後に立った。また背が縮んだ気がするがもうどうてもいい。
「……もう帰ってこないのか?」
「それが最初からそっちの望みでしょ?」
「俺は……」
「なに? ナマ乳見て興奮したの? もう遅いから。」
せせら笑うと背後から一瞬殺気が漂った。あ、死ぬかもと思ったが、魔王は無言で私の肩を後ろから押しただけだった。
鏡にぶつかった後、宙に放り出され床に倒れた。真っ暗な人間の家だ。部屋には誰もいなかった。
私は倒れ込むようにソファーに横たわり眠った。これでいいんだ。
次回、新章。
もうちょっと続くんじゃ、




