34.デザイン画
「母の……デザイン画?」
私は戸惑いながらソファーに座り、紙を一枚手に取ってみた。そこにはドレスを着た女の人がヘタウマな感じで描かれていた。似たようなものが何十枚もある。
「そうなんです。これはうちの母の秘蔵品なんです。デザインに行き詰まると眺めてたんですよ。だってこんな発想、絶対に思いつかないもの。」
そうなのかなぁ……紙をペラペラとめくってみたが、私にはよくわからなかった。書き込みの字も読めなかった。あ、でもこの世界でミニスカートが斬新なのはわかる。なるほど……これ絶対前世のファッション参考にしてるな。ズルくない?
「ね? すごいでしょ? まさかピーチ叔母様だったなんて……前に母にこのサインにあるモモって人について聞いたんですけど『もう居ない人だから』って何も教えてくれなかったんですよ。」
従姉妹はなぜか誇らしげだ。不思議な感覚だった。彼女は私よりも母を知っているらしい。年齢的に会ったことないだろうに。
「あれから母に色々聞いたんです。母と叔母様はケンカばっかりしていたけれど仲は良かったそうです。自分達にしかわからない絆があったと。……最初のケンカはまだ叔母様が赤ん坊の頃だったそうですよ。叔母様もすごいですけど、ずっと覚えてる母もすごいですよね。」
従姉妹はクスクスと笑った。
「……ケンカの原因は何だったのかな。」
「それがですね、叔母様は子供の頃から自分はモモだって言い張って、ピーチって呼ばれても返事しなかったんですって! でもピーチはお祖父様がつけてくれた名前なんだからそんなこと言うなって母は怒って、結局その時は二人ともわんわん泣いて引き離されちゃったんですって。それ以来、顔を追わせる度にピーチだモモだってケンカして……母も頑固なものですから、結局一度もモモとは呼ばなかったそうです。叔母様が家を出た時、周りから出来のいい妹が邪魔だから追い出したんだろうって随分言われたそうてすけど、母曰く『あの子は思いつきで行動することがあるから私というブレーキが必要だったんだ』って。やっぱり怒ってました。姉妹って面白いですね。」
笑う従姉妹を見ながら若かりし頃の母のことを考えた。本当に私と似た性格だったのかもしれない。今の私と同じように笑って怒って……セピア色だった母の姿に色がついていくようだ。ちゃんと生きてたんだなぁ。
「あ、ごめんなさい。私ばっかり喋っちゃって。オミナ様はご兄弟はいらっしゃるんですか?」
「いえ。あなたは?」
「私もいません。……一人っ子って怖いですよね。家とか責任とか、全部伸し掛かってくるみたいで。」
そんなこと考えた事もなかった。金持ちは大変だな。
「……今日は伯母様はいらっしゃらないの?」
「母は、夕方まではいたんですけど……もう歳ですので、寝かさないとと思い代わらせて頂きました。あ、説明が遅くなりまして申し訳ございません!」
従姉妹は突然立ち上がり深々と頭を下げた。
「あ、全然いいの! 座って座って! ……ひょっとして長時間お待たせしてた?」
「いえ、とんでもないことでございます。若輩者ではございますが、精一杯努めますので。」
従姉妹はソファーに座り直すともう一度頭を下げた。さっきの眠そうな感じといい、今は夜中なのかもしれない。申し訳ないことをした。
「こちらこそ前に手紙貰ってから……返事もしないで……」
あれ? 手紙を貰ったのはいつ頃だろう。先週? 先々週? あの城ずっと薄明るいから時間の感覚消えるんだよな……。
「そちらはお気になさらず。また来て頂けただけでも光栄ですわ。」
従姉妹はにっこりと笑った。邪気がない笑顔だ。眩しいからちょっと苦手かもしれない。
「えっと、それでドレスの件なんですが、舞踏会に着ていくようなのじゃなくて普段着のワンピースを作ってもらうことはできますか?」
私は目を逸らしながら訊いた。色々準備してもらってそうで申し訳ないが、ドレスが必要な機会って当分訪れない気がするし。
「普段着、ですか?」
従姉妹は目を丸くして首を傾げた。「今私が着ているような服でしょうか……?」
従姉妹が着ている服は滑らかで高そうな生地にプリーツ?ダーツ?レース?リボン?だかなんだかの様々な装飾がついている。私に言わせればほとんどドレスだ。
「いやそうじゃなくて……その服と今私が着ているワンピースの間ぐらいの服を……」
従姉妹はますます首を傾げた。彼女の世界には存在しない服らしい。参ったな。
「えっとじゃあ、このワンピースを上等な生地で作ってもらえますか?」
「……同じ物を生地違いで作るのですか?」
うんうんと頷くと、従姉妹は少し眉間に皺を寄せた。
「それはもちろん……できますが……」
デザイナーとしては嫌なのかもしれない。
「少しだけデティールを変えてもよろしゅうございますか? そのままですと……なんというか、下働きの娘みたいで……」
「別にそれでいいんだけど。」
私がそう言うと従姉妹は悲しそうな顔になった。
「せっかく素敵なお洋服が似合いそうなのに……それにあちらでのパーティーはどうされるんですか? 奥方様なのですから主催されることも多いのでは?」
「あー、そっちはね……大丈夫。魔王様そういうの苦手だから。」
「ですが御親族の方々はそれなりにドレスを新調されてらっしゃいますし、奥方様なら尚更……あっ!」
従姉妹は突然口を押さえた。
「なに?」
「ひょっとして……オミナ様は結婚を反対されてらっしゃるのですか!?」
若い子は面白いこと考えるなぁ。私も若いけど。




