30.悪魔になりたい
「随分と早かったな。」
魔王は床に座り込んだ私を見下ろしながら言った。
「なんだか怖くて……」
「怖い? 何がだ?」
床から見上げる者の気持ちを、きっとこのヒトはわからないだろう。
「……なんでもない。それよりさっきの悪魔になる方法教えて。」
「誰もいなかったのか? ちょっと待てば誰か起きてくるだろうから戻った方が……」
「いいから教えて!」
私は立ち上がって叫んだ。魔王が呆れているのがわかる。確かに言ってることもやってることも支離滅裂だ。
「……きみには無理だ。」
短い沈黙の後魔王は言った。
「お願い。何でもするから。」
「……俺には無理だ。他の奴に頼んでくれ。」
他の奴でもいいの!? 驚いて顔を上げると、魔王はかなり嫌そうな顔をしていた。
「とにかく、出て行ってくれないか?」
「待って。他の奴って悪魔なら誰でもいいの? ホントに?」
「頼むから出て行ってくれ。」
無理やり部屋から押し出され戸を閉められた。えー気になり過ぎる。後天的に悪魔になれるなら、そこらの人間より強くなれるってことだ。それに多少の金貨を足せば、人間の街なら無双できるんじゃない? それって最高じゃない!?
廊下を見渡したがこんな時に限ってキツネは現れなかった。そうだ、キツネに頼んで悪魔にしてもらおうか。……いやメイドに頼んだ方がいいのかも。性別って関係あるのかな。儀式とかするんだろうか。痛かったら嫌だな。処女の血と鶏の頭を祭壇に捧げて……みたいな。でも祈りの対象が魔王なら要らなさそうだけど、どうなんだろ。
取り敢えず自分の部屋に戻ってベッドに座った。次に何をしたらいいんだろう。気ばかり急くが何も思いつかない。
ポケットから金貨を出して眺めてみる。これが一枚あるだけで強くなれる気がする。私に必要なのは力だ。この筋肉がつかない細い腕じゃ駄目だった。媚を売ってみても駄目だった。
数年前、夜中に暗がりに連れ込まれて押さえつけられた恐怖を、私は今も忘れられない。親父がたまたま通りかからなければあのままヤラれていた。あのまま村にいたらいつかは複数にヤラれていた。生意気でお仕置きが必要な女、そういう存在にいつの間にかなっていた。殺されないことだけに感謝して生きたくはなかった。私がここに来たのは必然だし、悪魔になることになんの躊躇もない。むしろ悪魔になってあの村を滅ぼしたい。
よし。私は勢いをつけて立ち上がった。キツネを探して誘ってみよう。『一緒にこの世界を滅ぼしませんか?』と。まあ断られるだろうけど、念の為言ってみよう。そうしよう。
戸を開けて廊下に出てみる。キツネの居場所は全く見当がつかない。叫べば出てくるだろうけど、魔王にその声を聞かすのもなぁ……。考えながら階下に降りようとして足を止めた。そういえばこの向かいがキツネの部屋の筈だ。ひょっとしたらいるかもしれない。
試しにノックしてみると呆気なくドアは開いて無表情なキツネが出てきた。
「ちょっとお話いいかしら?」
私が営業スマイルで微笑むとキツネは無表情なまま招き入れてくれた。
「あのね、私がキツネから魔力を貰って、悪魔だか魔力持ちだかになることはできる?」
「……それはネタバレです。」
「どーでもいいから! 教えてよ。」
「あなたって人は……ヒロインに向いてますよね。」
「そう? ってか私がヒロインなの?」
「ヒロイン……いやもうよくわからないですね。僕にはわからないんです。向いてないんですよ。無理矢理押し付けられてつけ焼き刃の知識で始めたことなんです。いつまで続くんでしょうね。ホントにもう……」
キツネはフラフラとベッドに座ると頭を抱えて動かなくなった。
キツネの部屋は私の部屋に似ていた。ベッド、水差しが置かれたサイドテーブル、ソファー、窓……違うのは書き物机があるぐらいか。ちゃんとペンやインクなんかが置かれていて使っているっぽい。なんか賢こそう。
私はキツネから少し離れたソファーに座った。
「ねぇ、よくわかんないけどさ、この世界を一緒に滅ぼさない?」
「……神様に怒られるから駄目です。」
「神様なんてこの世界にいるの?」
「神はいつでもこの世界を見守っておいでです。」
「悪魔なのに神を信じてるの?」
「…………実は僕、悪魔じゃないんです。だからあなたを悪魔にすることはできません。」
「悪魔じゃないの……?」
キツネなのに服を着て二本足で歩いて言葉を喋ってるのに悪魔じゃないの? じゃ何? 天使? 妖精?
「前にゲームがどうとか言ってたけど……あ、わかった! アバター?」
「……僕のことはどうでもいいんで、早く魔王様の子を産んでくれませんか?」
「だってあのヒト全然私のこと好きにならないし……」
「彼はあなたが思うよりずっと強くて賢いんです。若い女に見境なく飛びつくような奴らとは違うんですよ。」
「そんなこと言われてもさぁ……私字も読めないし教養もないし乱暴で下品な環境で育ってるし、色仕掛け以外の男の口説き方なんてわかんないよ。」
「そうなんですよねー。モモが変な男と駆け落ちさえしなければ……」
「は? うちの母が何か?」




