3.悪魔の生態
「もうちょっと警戒した方がいいてすよ。ここ、悪魔の住処ですから。」
キツネの低い声にスープが喉につかえた。
「え? え? ひょっとしてヤバい肉だったりする!? 食べちゃったけど!?」
「人肉は入ってませんけど、活動期には人の血肉を啜ったりしますよ。悪魔ですから。」
キツネの言葉に私はゆっくりスプーンを置いた。怖すぎる。話には薄っすらと聞いていたが悪魔が人を食べるなんて遠い昔のおとぎ話だと思っていた。言われてみれば私は今、本物の悪魔の城にいるんだった。
「…大丈夫ですよ。今は休眠期ですから。人間を狩るような元気な悪魔はいません。」
「本当に? 本当に本当に?」
キツネはゆっくり頷いた。
「ついでなので悪魔の生態について少しお話しましょう。オミナさんは食べながらどうぞ。そのスープは鶏肉と野菜しか入ってませんから。」
そう言われるとまたお腹が空いてきた。確かに鶏肉と野菜っぽい味だと思う。どこかで食べたことがあるような素朴な味だ。
私は覚悟を決めて再びスープを口に入れた。魔王の嫁になりにきたのだ。これぐらい食べられなくてどうする!
「……うん。さすがこんな所まで来ただけあって度胸がありますね。」
「どうも」
もう味はよくわからなかった。ガツガツとかきこむと、スープは重たく胃に溜まった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。警戒しなくて大丈夫ですよ。僕はあなたに危害を与えるつもりはありませんから。なので知りたいことがあったら何でも聞いて下さいね。」
「…さっきの悪魔の生態ってのは?」
「そうそう。話の途中でした。食べっぷりに見とれてしまって。……えーと、悪魔というのは主に三つの行動期間を繰り返してるんです。まず繁殖期で子供を沢山作ります。ある程度数が増えたら殺し合って数を減らします。これが活動期です。この時期は大変凶暴になるので人間も殺します。次の魔王が決まると大人しくなり、一日のほとんどを寝て過ごすようになります。これが休眠期、今のこの状態ですね。」
「……いっぺんに言われてもよくわかんない。」
「お伝えしたいのは今は休眠期なので、自分から蜂の巣に突撃していかない限り安全だということです。実際ここに来る間も危ないことはなかったでしょう?」
言われてみれば確かにそうだった。森の中にはこちらを見て逃げていく動物しかおらず、城の周りには遠くからこちらを見ている悪魔数人しかいなかった。ひたすらしんどくて足が痛かっただけで、危険はなかった。
「休眠期って……寝てるの? みんな?」
私の問いにキツネは頷いた。
「長時間寝て数時間起きて、また寝るというサイクルですね。ヒトによって寝る時間は違いますが長いヒトは数日、短いと丸一日ぐらいでしょうか。なんせこの期間はみなさんやる気がないので、起きてても寝床から動かないことも多いですね。」
「なんで?」
「さぁ……人間が悪魔に頼むから寝ててくれって祈ったからじゃないですか?」
あ、こいつ適当なこと言ってる。
「つまり魔王様は頑張って起きて私に会ってくれたってこと?」
「そうですね。僕が起こしました。目覚めてはいらっしゃいましたが、起きるのは面倒だったようなので。」
うーん、あの態度の理由はわかったけど、箸にも棒にもかからない感は否めない。こんな美少女がわざわざ来てやったのに?
「ひょっとしてこの城に人間ってよく来るの?」
「いえ、僕が知る限りではあなたが初めてです。」
「じゃあもっと諸手を上げて歓迎するべきでは?」
「魔王様直々のお出迎えでは足りませんでしたか?」
「足りない。初対面で恋に落ちる予定だったのに。」
「それは……そもそもあなたが恋をしていないようですが。」
キツネは苦笑して言った。
「だって……」
魔王は思ったより美形じゃなかったし、キラキラオーラとかもでてなかったし、どうやって恋に落ちればよかったのか。
困っているとキツネが話を変えた。
「さて、オミナさんはこれからどうされるおつもりてすか?」
「どうって……魔王を私の魅力でメロメロにさせますけど?」
「なるほど。では僭越ながらアドバイスを。悪魔から見た人間は小さくて弱い生き物です。赤子同然です。なので多少のことは目こぼししてくれます。なぜならその気になれば一撃で殺せるからです。いいですか? 己の立場をよく弁えて行動して下さい。わかりましたね?」
私が無言で頷くと、キツネは私が食べ終えたお盆を片手に部屋から出て行った。
あーあ、しっかり釘刺されちゃったなぁ。休眠期かぁ。繁殖期に来ればよかったっぽいなぁ。次の繁殖期まで待つか……いつなんだろ。まあとにかくしばらくは安全みたいだし、居座るとしますか。帰るとこなんてないしね。少なくとも数十年は、帰れない。




