2.空腹は最高のスパイス
私は瓶を抱えたまま闇雲に走った。階段を下りそして上り沢山のドアの前を駆け抜けた。とにかく走って走って、そして力尽きた。
廊下の壁にもたれて座り込み細長い窓を見上げる。この窓の前を五回は通った気がする。ようするに迷子になってしまったらしい。さすが悪魔城、まるで迷路だ。
なぜか後生大事に抱えていたワイン瓶を横に置いてぼんやりと窓を見あげていると泣きそうになった。こんな所まで何をしに来たんだろう……でももう帰れない。私に帰る場所なんてない。
靴を脱いで足を見るとマメやそれが潰れた跡があった。朝からずっと歩きづめだったから仕方ない。というか私の感覚ではとっくに真夜中になっているはずなのに、窓の外は薄曇りだが明るい。私が疲れておかしくなっているのかここの時間がおかしいのかどっちだろう。
「どっちでもいっか」
呟いて膝を抱えた。このまま冷たい床に溶けて消えてしまいたい。もう何もしたくない。疲れた。お腹すいた。
いつの間にか私は眠ってしまったらしい。キツネに肩を叩かれて目が覚めた。このキツネは顔は完全に狐のくせに二足歩行で三つ揃いのスーツを着ている。胸元にはネクタイではなく黒いリボンをつけている。なかなか洒落者のようだ。魔王の城の最初の大広間でビビって動けなかった私を、魔王の元へと連れて行ってくれた。
「部屋に案内しますがどうですか? 歩けますか?」
キツネの言葉に反射的に否定しようとしたのを飲み込んだ。私の狙いはあくまで魔王だ。魔王はきっと未来の妻が自分の部下に抱えられるのは嫌がるだろう。たぶん。
私はよろよろと立ち上がり靴を手にぶら下げてキツネの後をついて行った。キツネはすぐ近くの扉を開け中に入るように促した。薄暗い部屋の中はロウソクが一つだけついており、その横に大きなベットがあった。私は吸い込まれるようにベットに腰掛けた。天国まで沈んでいきそうなほど柔らかな座り心地に私は一瞬で意識を奪われた。
目覚めた瞬間はなにがなんだかわからなかった。まず暗すぎるしベットが広くて柔らか過ぎる。オマケに私は下着姿である。ホワイ?
しばらく暗い天井を見つめ、足と腰の痛みに気付いた時すべてを思い出した。魔王の城まで来たのだ。誰も見たことがない、見た者は生きて帰れないとされたこの場所に。
すぐに起き上がると急いで服を探した。流石にこんなによくわからない場所でこの格好はヤバい。私はまだ『受け入れ』準備ができていないのだ。
服はベットのそばに投げ捨てられていて、それを着ているうちにハッキリと思い出した。変な姿勢で寝てしまったので途中体の痛みで目が覚めて、寝苦しい服を脱ぎ捨てて布団に入ったんだった。うん。我ながらすごい気の緩みようだ。ここは悪魔の城ぞ?
お腹が空いたので部屋の外に行きたいが履いてきた靴を履くのは嫌だった。湿って重くなっているしマメが当たって痛いだろう。
私は燭台を持って部屋の中を物色した。窓がないため酷く暗い。結局見つかったのは黒いスリッパだけだった。悪魔城なんだから豪華なドレスの一つや二つあってもいいのに。
ペタペタと間抜けな音を響かせながら廊下を歩く。明かりとして松明が等間隔に置かれているため燭台は置いてきた。昨日は外に出ようとしてさ迷ったが、今日の私は冴えている。この美味しそうな匂いを辿ればきっとご飯にありつけるに違いない!
大して歩くこともなく私は厨房に辿り着いた。青い人型の悪魔がこちらに背をむけて鍋を掻き回していた。さて、なんと声をかけよう。肌の青い悪魔に私の可愛さが通じるだろうか。
「ごきげんよう、オミナさん。お腹すいたんですか?」
背後から声をかけられて飛び上がる。振り向くとキツネが笑っていた。
「あ、どうも……昨夜はありがとうございました。お腹が空きました。」
「…僕は嫌いじゃないですよ。ではそこの部屋で待っていて下さい。持っていきますので。」
いいヒトだ! 私はルンルンで廊下に出て、厨房の斜め向かいにあった扉を開けた。大きな木のテーブルに質素な椅子が並んでいた。豪華ディナーを食べる部屋ではなさそうだが、この際食べられるならなんでもいい。温かくて美味しければもっといい。
「お待たせしました」
キツネがお盆に載せて持ってきたのは木の器に入ったスープとスプーンだけだった。前菜って感じの量でもない。少なっと思ってキツネを見上げたがキツネは肩をすくめただけだった。
渋々スープを掬って口に運ぶ。具材は細かくてなんだかよく分からないが、トロミがあって肉と色んな野菜の味がした。
「……もうちょっと警戒した方がいいてすよ。ここ、悪魔の住処ですから。」




