1.出会い
部屋に入る時から視線は低く。しかし姿勢は正しく。
指定された場所に立ち優雅にスカートを摘みながら片足を斜め後ろへと流す。
「お初にお目にかかります、魔王様。麓の村から参りましたオミナと申します。以後お見知りおきを。
そうして声がかかれば慎み深く顔を上げ恥じらうような笑顔を浮かべる。これが完璧な出会いだ。私ほどの美少女であれば百人中九十五人は落とせるだろう。残りの五人は私がまだ十七歳ということを気にするだけだから、そんなものは月日で解決できる。つまり私は無敵なのだ。
そして長い沈黙が落ちた。
いつまでたっても魔王から声がかからない。横目でここへ案内してくれたキツネを見るがこちらも身動き一つしない。え、これホントに正面に魔王様いる?
長時間の無理な中腰に太腿がぶるぶると震えてきた。これはちょっと予想していなかった。子供の頃から何度もこの場面を想像していたのに。一目惚れされるパターンとか、怒って追い出されるパターンとか、なんなら物を投げつけられるパターンも考えたことがある。でも長時間の無視は考えてなかった。
じわじわと後ろに引いていた足を元に戻し、同時に中腰から真っ直ぐな姿勢にもどった。危なかった、もう少しで無様に床に倒れる所だった。これから惚れてもらわねばならぬ相手にそんな姿は見せられない。いやドジっ子としてアピールするのはアリか? どうだろう…
私は迷いながら少しずつ視線を上げた。少し離れた所に玉座とそこに座る男の足が見えた。良かった居た……いや良くないよ! 無視かよ!
覚悟を決めてキッと顔を上げ魔王の顔を見つめた。魔王は玉座の肘掛けに肘をつき、眠っていた。
「いや、起きろよっ!!」
叫ぶと同時に床を踏み鳴らし、即座に後悔した。全くもって淑女らしくない。まあ仕方ないか。だって私庶民だもん。
咳払いをしながら無駄にスカートをはらい、上目遣いに魔王を見た。魔王の目は開いていたがまだ半分寝ている顔をしていた。黒い髪に黒い瞳。頬杖をついている右手と大して変わらない小さな頭。持て余し気味に伸ばしている長い足。魔王はイケメンだと聞いていたが、なんというか……雰囲気イケメン? ただの眠そうな二十代の若者にしか見えない。
あまりにも不躾に魔王を眺めていたせいか、横のキツネが小声で私に言った
「…魔王様、起きましたよ。」
そこで慌てて我に返った。ヤっちゃった。あーあ、出会い方間違えた。最悪だ。でももう村に戻るわけにはいかない。
破れかぶれな気分のまま私は無理やり笑顔を作った。
「突然すみません、魔王様。私をお嫁さんにしてもらえませんか?」
魔王はしばらく無言で私を見つめたあと、王座の後ろをごそこそと探り瓶を取り出した。そしてそれを私に向かってゆっくりと投げた。私は愛想笑いを止めるタイミングがわからず頬を引きつらしたままそれをキャッチした。瓶の口は開いていて微かにお酒の匂いがした。
「それを……」
「これを?」
私は空のワイン瓶と魔王を交互に見た。
「それを、受け入れられるようになったら、考える。」
「え?」
ワイン瓶を? 受け入れる? お酒を飲めってこと? でも中身は空だし……受け入れるとはなんぞや??
困ってキツネを見たが目を逸らされた。魔王も何故かこちらを見ない。
なにこれ? なぞなぞ? 頭の悪い奴は嫁にいらん的な? それにしては言い辛いんだからわかれよ的な雰囲気は何?
え、下ネタ?
一つだけ嫌な可能性を思いつき頭を抱えた。村の酒場でこんなことを言われたらビンタの一つでもくれてやる所だが、この場の空気は冗談を言っているものではなかった。ならば私は確認しなくてはいけない。
「あの……こっち、ですよね……」
私は瓶の口を指差した。魔王はチラリとこちらを見ただけでまた目を逸らし、キツネはゆっくりと首を横に振った。
「じ、じゃあ…こっち……?」
瓶の底を指差すとキツネは頷いた。これを、この大きさのモノを、私の中に、受け入れる……?
「出来るかぁ!!」
私はあらん限りの声で叫び、ワイン瓶を持ったままその場を逃走した。
これが私と魔王様の出会いである。十七歳の春だった。




