28.金色の希望
メイドは自分の子どもに興味がないらしい。別に悪いことじゃない。悪いことじゃないが……正直ギョッとする。やっぱり悪魔と人間は違うようだ。こんなにも言葉が通じて、子どもまで作れるのに。
宝物庫の中は薄暗くて、よくわからない木箱と布袋が大量にあった。わかりやすいものは鎧や剣や絵画か……私はブラブラと歩いて適当に中身を覗いて楽しんだ。うん、これは確かに暇潰しにちょうどいいな。
そうして幾つかの布袋を開けた後、それを見つけた。薄暗い中でも輝く金色。つまみ上げると文字と何かの記号が描かれていた。全て整った同じ形、同じ模様。私は生唾を飲み込んだ。これって……
「――ねぇママ、これって、金貨?」
「んー? あーそうしゃない?」
メイドは私の手元を覗き込んで呑気に言った。「いいの見つけたねー。」
「これって、これってさ、今でも使えるのかな?」
「わかんないよー。でも金って高いんでしょー? 昔ダンナに貰ったよー。ホラ!」
メイドが片耳を見せてきた。そこには5ミリ程の丸い金色のピアスがついていた。
「ちっさいね……」
「まあね。でも高かったんだってー。もし俺が死んだらコレを売って家計の足しにしてくれって。いい男でしょー?」
メイドは自慢げに笑った。確かに羨ましい。愛したことも、愛されたことも。私は手元に目を落とした。袋一杯の金貨、何キロぐらいあるんだろう。
「これ……一枚貰ってってもいいかな?」
「いいんじゃなーい? 一枚ぐらい。いっぱいあるし。」
私は金貨を一枚つまみ上げ、握りしめた。全身が心臓になった気分だ。考えなくちゃいけない、これから、どうするのかを。
私はメイドに礼を言って宝物庫を出た。一人で考えたい。特にキツネには、邪魔されたくない。でもどこに行けばいいんだろう。一人になれる場所……
考えがまとまらないまま一階に降りた。普通に外に出ると悪魔が沢山いるらしい。裏庭も魔王が来そうでダメ、この世の終わりにはまだ行きたくない。鏡の向こうには一人じゃいけない。となると……。
私は一階を歩くことにした。この階には沢山の部屋があるが、たぶんほとんど中には誰もいない筈だ。たぶんだけど。
深呼吸して適当な部屋のドアをゆっくりと、音がしないように少しだけ開けた。中は真っ暗だった。ヒト、いないな?
更にドアを大きく開ける。廊下の明かりでぼんやりとベッドが見えた。ヒト、いない。よし。
私は中に入ってドアを閉めた。真っ暗で怖い。でも考えなくちゃいけないことがある。
ドアにもたれて床に座った。手の中にはさっきの金貨の感触がある。これ一枚でどれぐらい生きられるだろう。あの袋一杯の金貨があれば……一生一人で生きられるんじゃないだろうか。
流石に見知らぬ街で女一人で生きるのは厳しいだろうから、まずはクロース家に保護して貰って、ある程度の人脈を作ろう。それから私が大金を持っていても怪しまれないような理由を考えないとな……なにがいいだろう。絶対当たる占い師とか? 悪魔の力って言うと成敗されそうだけど、私は魔王と友達ですよーとか言っとくとハッタリが効いていいかもしれない。クロース家も古い家みたいだし、多少は守ってくれるかも……魔王の元カノですとか言ってみようか。それだとみんな怖がって近づかないし邪険にもされないかも。それで……小さな家を買って一人暮らししたいな。防犯的に無理か。この世界にも魔女裁判とかあるのかな。そうなるとやっぱり、クロース家の片隅でひっそり気ままに生きるのがいいかな。それがいいかも。あの家なら悪魔の恐ろしさがわかるはずだし、私が歳をとって老人になっても虐待とかもしないだろう。一応身内だし。お金払うし。となるとお金を置いておくのはやっぱりこの城の方がいいな……つまり魔王とはこの先ずっといい交友関係を築かなくてはいけないってことだ。でも魔王がここから出てけって言ってんだからちょっとぐらい協力してくれてもよくない? あ、でも魔王お金ないとか言ってたな……ってことはあの金貨もくれないかな。となると盗むしか……でもどうやって? かなり重そうだったけど。
一気に考えて私は大きく息を吐いた。
生きられるかもしれない、一人で。
いや全然一人じゃないし上手くいく方法もわからないけど、もう誰かを無理やり好きにならなくてもいいってことだ。それはかなりありがたい。
私が私のままいてもいいってことだ。
嫌いな人に嫌いって言ってもいいんだ。
嫌なことされても笑って許さなくてもいいんだ。
我慢しろ我慢しろ我慢しろ。ずっとそう言われてきた。私は我儘だと。その度に前世のことを思っていた。あの世界なら、もっと自由に生きられるのにと。
頬を涙が伝って落ちた。生きていけるかもしれない、この世界でも。




