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やる気のない魔王とヤル気の一般人女性、とキツネ。  作者: 紫藤しと
一、逃げ出した世界

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25/47

25.裸足の狂人(と書いてシンデレラ)

 魔王に強く引っ張られたせいで、私はよろめきながら鏡の中へと飛び込んだ。そしてそのまま魔王の胸へとぶつかった。割と至近距離で見つめ合ったけど、特にトキメキはなかった。なんかもう、今それどころじゃない。

「帰ってき……」

「ねぇ魔王様、昔人間のパーティーに殴り込んで人間殺しまくったことある?」

 何か言いかけてた魔王は目をパチパチさせてフリーズした。意外とまつ毛長いな。

「……俺は、ない。」

「じゃあ過去の魔王だ。その時のこと教えて?」

「……ドレスはどうした?」

「似合わなかったから置いてきた。作り直してもらおうと思ってる。もちろんロハで。」

「ロハ?」

「無料ってこと! ね、教えてよ。悪魔は社交なんてしないでしょ?」

「社交? 社交は……まあしないな。王だから。」

「そういうのもっと教えて。私、奥さんに見えるみたいだから。」

「奥さん……じゃないのに?」

「男が女にドレスを買うってことは、それを脱がせてやるって意味だよ?」

「ぬがっ!」

 魔王は変な叫び声を上げて口を押さえた。「それは知らなかったそれは失礼した今すぐきみの服はいらないと言いに行こう。」

「あのね、今更いらないとか、私に恥をかかせるつもり?」

 上目遣いで睨むと、魔王はよろよろと後に下がってベッドにぶつかりそこのまま腰を下ろした。そしてすぐ弾かれたように立ち上がった。何を思い出した?

「どうしたの?」

 訊いたのに魔王は返事もせず廊下へ駆け出した。また追いかけっこかよ……おもしれー男。私は半笑いでスリッパを脱いだ。どうせ魔王の行くところなんてわかってる。私から逃げられると思うなよ!

 遠くから聞こえる魔王の足音を辿りながら私は城の中を走った。裸足で魔王を追い掛ける……夢みたいに狂ってる。どうして私だけ狂ってるんだろう。こんなデタラメな世界なのに、結構みんな真面目に生きてるよね。

 魔王は案の定、裏庭にいた。ベンチの真ん中に座って空を眺めていた。私は魔王を押しのけるようにして横に座って一緒に空を眺めた。

「……魔王様って、他に行くとこないの?」 

「ない。……頑張ればあるけど頑張る気分でもない。」

「休眠期だから?」

「そう……誰とも話したくないし動きたくもない。本当は何もしたくない。」

「今無茶苦茶走ってたじゃない。」

「疲れるんだ……こういうの。」

 魔王はそう言うと目を閉じた。風が吹いて木々が揺れる。なんだか本当に疲れていそうで、ちょっとだけ申し訳ないと思った。

「……気分転換にさ、たまにはここ以外の場所も行ってみたら? 城の周りを散歩してみたりさ。」

「城の正面は蛇やウサギや鳥なんかの悪魔が住んでてじっと見てくるから嫌だ。ここの反対側は……大きな池があっていろんな悪魔の交流場所になってるから嫌だ。」

「……王は社交しないんだっけ?」

「そう」

「じゃあ城の裏手は? そっちにも誰かいるの?」

「あっちは……この世の終わりがある。近づかない方がいい。」

 私は慌ててそっちの方角を見た。見えるのは建物の角と周りの木々だけだ。この世の終わり近っ!

「えっと、具体的には何があるの……?」

「知らなくていい。近づくな。」

 魔王は目を開けて真顔でそう言った。私は無言で頷いた。これはマジなやつだ。

 ちょっと言葉が出てこなくなったので、積極的に空を眺めてみた。相変わらず灰色の空だ。見慣れすぎてもはやなんとも思わない。私はどうしてまたこの城に戻って来たんだろう。……怖かったからだ。あの村と繋がっている、私の両親と繋がっている、現実の場所が怖かった。捨てたはずの私のルーツが母と似た目で私に語りかけてきた。終わったはずの私の人生の第一章。私はそのページを破り捨て、無敵の第二章をたった一人で始めたはずだったのに。どうして……

「大人しいな」

 魔王の声で急にまた風が吹いた。ヤバ。魔王の存在忘れてた。

「また殴られるかと思って構えてたのに。向こうで何かあったのか?」

 そう言うと魔王は微かに笑った。社交はしないって言ってたのに、随分と社交的じゃないか。

「まあね……魔王様の初恋の人、私の母親だった。」

 魔王はちょっときょとんとした後、納得したように頷いた。

「あぁなるほど。確かに似てるな、顔も性格も。そうか、親子なのか。」

 え、性格も似てるの? 私が言うのもなんだけど、それってヤバくない? いやそれはともかく。

「嫌じゃないの? 初恋の人の娘と結婚するなんて。」

「……結婚しないし、初恋でもないから大丈夫だ。」

「まあ悪魔だもんね。しかも成就しなかった初恋の人の娘なんてある意味純愛か。」

「…………人間との意思疎通というのは難しいな。」

 私達は別々の方向をみてそれぞれ溜息をついた。

 当初の予想通り、魔王は情に弱く押しにも弱い。このまま周りで騒ぎ続ければ、成り行きで結婚にも持ち込めるだろう。でもこのモヤモヤは何だろう。原因が思い当たり過ぎてどれが主因なのわからない。

「――愛されたら、解決すると思うの。」

「は?」

「だから成り行きじゃなくてメロメロにさせたい。きみがいないと死んでしまう!とか言わせたい。」

「……俺が?」

「そう。裸足で外を歩かせる真似なんかしない、俺が抱いて寝室まで運ぼう!とか言わせたい。」

「……誰かに靴を持ってきてもらうか?」

「駄目」

「きみは……話が合う人間同士で結ばれるのがいいと思う。もうあちらの世界へ帰った方がいい。」

「いや」

「俺は力ずくでそうすることもできる。よく考えた方がいい。ここには、何もないんだ。」 

 魔王はそう言うと城の中に入っていった。裸足の女を一人残して。

 またフラれたっぽいな。



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